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自宅で楽しむ「鍋旅行」|小寒~大寒|旅に効く、台湾ごよみ(16)

旅に効く、台湾ごよみは、季節の暦(二十四節気)に準じて、暮らしにとけこんだ行事や風習、日台での違いなどを、現地在住の作家・栖来ひかりさんが紹介。より彩り豊かな台湾の旅へと誘います。今回は、コロナ禍ではじまった新たな食の流行や、古くから伝わる台湾の食文化を紹介しつつ、日本との意外なかかわりにも触れていきます。

自宅で楽しむ「鍋旅行」

 小寒と大寒は、二十四節気でもっとも寒い季節である。

 南国台湾といえども冬は寒い。北部では気温も10度以下までさがることもある反面、建物の造りは基本的に夏向きにつくられているので暖房設備が殆どなく、じっとりした湿気も手伝って骨まで染み込むような寒さだ。そこでこの季節によく食べられるのが、身体を温める「火鍋フオグオ」である。火鍋とは鍋料理全般を指す。

火鍋

 大量のショウガとお酒のスープで新鮮な鴨の肉や内臓を味わう「薑母鴨ジャンムーヤー」に、山羊の肉を薬膳スープで煮込む「羊肉爐ヤンロウルー」、痺れるような辛さの「麻辣マーラー火鍋」や発酵させた白菜を味わう「酸白菜スァンバイツァイ火鍋」、昆布やかつお節で出汁を取るヘルシーな和風鍋やしゃぶしゃぶも人気がある。

 最近は、コロナ禍もあって自宅で好きな火鍋を楽しめる火鍋スープの素が流行りで、スーパーに行けば有名店が競って出した「監修」スープがざっと30種類以上は並んでいる。モンゴル風や上海風薬膳から、韓国風や東南アジアのラクサ風も捨てがたい。家に居ながらにしてアジア各地の香りが愉しめ、我が家でも週に一度は色んなスープに挑戦して「鍋旅行」を楽しんでいる。

港町ならではの食文化

 それでも、(当たり前だが)やはり現地の雰囲気や風景込みで味わいたいものではある。先日台湾北部一の港町は基隆キールンで、台湾の歴史や地名、飲食などを研究されている作家の曹銘宗さんに案内いただき、基隆独特の火鍋を味わう機会があった。「石頭鍋」とは、深めのフライパンのような石の鍋で、まず豚肉と玉ねぎを炒めて香りを出したあとにスープを注いで味わう台湾の人気の火鍋。しかし、基隆ではさらにひと手間加える。

 まず熱した厚い石の鍋に油をひいて店員の女性が手早くスルメを炒め、そのあとに肉と玉ねぎを炒めて芳しさを十分に鍋に出してから、特製の薬膳スープを注ぎいれる。からりと揚がったスルメの薫りが爆発的に辺りに広がり、芳ばしいことこの上ない。スープには甘草や赤ナツメ、クコの実が使われていて、飲むとほのかな甘みが喉に残る。

 具材は、冷蔵コーナーから自分で持って来た皿の数で清算する「回転ずし」スタイル。お洒落どころか殺風景なほどの佇まいだが、常に満席の人気店だ。ここの漬けダレには「沙茶醤サーツァージャン」といって、東南アジア華僑から伝わった「サテ・ソース」を元にした独特の調味料が使われる。

 更に、基隆ではこの沙茶醤と「カレー粉」をミックスした味付けの料理が多い。ご案内してくださった曹銘宗さんによれば、沙茶醤は中国大陸からの潮州系移民を通して広まり、カレー粉を多用するのは日本の影響ではないかという。海外からの船の玄関口として発展した基隆ならではの食文化といえるだろう。

基隆

“縁起”を担ぐ食べ物とは

 火鍋以外でも友人や職場仲間で集まる機会の多いのがこの季節だ。旧正月を本格的にお祝いする台湾では、1月は日本でいう「忘年会」シーズン。今年2022年の春節は1月31日が大晦日で、2月1日がお正月である(陰暦によるため、春節の日時は毎年変わる)。

 会社が社員をねぎらう忘年会は「尾牙」(台:ボエゲェ/華:ウェイヤー)と呼ばれる。「牙(ゲエ)」とはそもそも、土地の氏神様「土地公」への毎月二回のお祭り(旧暦の2日と16日)を指す。土地公は家内安全と商売繁盛を司る神様なので、今でも土地公の法事(パイパイ/拜拜と呼ばれる)を大事にする商家は少なくなく、その時期はお店の前に出された小さなテーブルの上にお供え物と線香が並ぶ光景を街でよく見かける。

 旧暦2月2日の土地公の誕生日は一年最初の牙にあたり「頭牙(台:タウゲェ/華:ドウヤー」、年の最後の牙は旧暦12月16日で「尾牙」と呼ばれるが、特に「尾牙」は年の終わりに奉公人を労う大切な行事で、現代にも会社の忘年会として受け継がれている。特に大企業にとっては会社の威厳にも関わり、ホテルのパーティー会場やコンサートホールを借り切って盛大に行われ、その模様はニュースにもなる。しかし、ここ二年ほどはコロナ禍のために自粛が続いている。

 旧正月前の台湾は、日本と同じくお正月を迎える準備で慌ただしい。12月24日は、一年間の人間の行いを報告するために「かまど」の神様をはじめ神々が天に戻るのを見送る「送神」のパイパイ。それから、神様の留守のあいだ大掃除を済ませ、大晦日の「除夕」には家族が勢ぞろいしてご馳走をかこむ。華人にとって一年で一番大切な夕食である。除夕の食事では、日本のお節料理のように縁起を担ぐ食べ物もいくつかある。

 例えば「年年財産が残る(年年有餘ニェンニェンヨウユィ)」に音が通じる「ユィ」や、「長壽菜」「長年菜」と呼ばれる収穫期に畑にすこしとり残しておいた芥子菜(南部ではほうれん草)だ。これを市場やスーパーで見かけると、ああもうすぐ旧正月だなあと感じる。

長年菜

 年が明けると、親類縁者の新年のあいさつ回り(拜年)や娘の里帰り(回娘家)などなど。これらの行事をこなすため、乾物やお正月用のいろいろ(年貨という)を扱う迪化街ディーホワジエなどの商店街は買い物客で大いに賑わう。

「おもち」の意外な語源

 さて、台湾でもお正月にはお餅を食べるが、こちらでは「年糕ニェンガオ」といって、甘いものや塩辛いものがある。台湾語では、日本のような白いお餅や大福のことを「麻糬もあちー」という。これはてっきり、日本統治時代の日本語が台湾語(ホーロー語)に影響した語彙であるとこれまで思い込んでいた。何故なら、こうした例は数え切れないほどあるからだ。たとえば台湾語で

「Tan-Su」=箪笥
「Se-Bi-Ro」=背広:せびろ
「Ne-Gu-Dai」=ネクタイ
「U-N-Jian」=運ちゃん:運転手さん
「Ka-n-ba-n」=看板

などのほか、「月給」「寄付」「注文」「注射」も現役で使われているらしい。

参考:「拖拉庫」「里阿卡」から「女優」「激安」まで——台湾語に含まれる日本語の移り変わり

 ところが先日、日本の「もち」の語源を調べていてびっくり!

 日本風俗史の研究者・古川瑞昌氏によって昭和47年に出版された『餅の博物誌』によれば、日本語の「もち」の語源は台湾語かもしれぬという。いわく、台湾語のルーツにあたる中国の福建地方や古くからお米の産地である江南地方では「MOA-CHI(もあち)」と発音し、それが稲作の伝来と共に江南ルート、もしくは台湾ルートで日本に伝わったのではないかというのである。ちなみに沖縄では「ムーチー」と発音するらしい。

 もちの語源は他にも色々あり、これが真説かはわからない。しかし、これまでの思い込みを覆されるのは、心躍るような気持ちよさがあるものだ。今年もそんな、台湾についてのワクワクするような豆知識を沢山お届けしたいと思っている。

 そんなわけで、本年も旅に効く、台湾ごよみ。を、どうぞ宜しくお願いします。


文・絵=栖来すみきひかり

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栖来ひかり
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。


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