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亜久里
2021年12月12日 19:02
海外ブランドの路面店はないけれど、値の張るアンティーク家具やジュエリーを売る店の並ぶこの界隈には、数か月前から怪盗が出没すると噂だった。報道番組はその話題で持ちきりだ。言ってしまえばただの強盗だけど、ガラスは無傷、警報も反応せず、それでいて一級品ばかりをくすねとって、重厚な封蝋をほどこした犯行声明に「頂戴いたします」なんて走り書きをわざわざ遺していく。そんな浪漫をそそる手口から、雑誌やニュースは
2021年12月29日 23:33
シフトを早く上がったら店横の路地に斎藤が待っていた。「英恵」 街燈の影から呼び止められて、心臓が止まる思いだった。逆光の明かりの中から、ジャージにパーカーを引っかけた斎藤の姿が浮かび上がると、英恵は頬をシニカルな表情に歪めて笑った。「なに。待ち伏せ?」「こっそりシフト早抜けしただろ。まだ八時五十分」「知らないよ、十分くらい。お客も少ないんだ」「繁盛してないな。つぶれるんじゃないか、あ
2021年12月30日 16:54
怪盗アビシニアンが今週も現れた。ここ三か月で、十件目になる犯行のターゲットとなったのは東銀座の老舗時計店だった。ある朝、店主が出勤してみると、鍵付きのガラスケースに展示してあった年代物の高級時計が忽然と消えている。封蝋つきの置き書きには、優雅な書体でゆとりある声明が綴られていた。 新聞や雑誌、ネットの記事がこの大胆不敵の犯行を見過ごさないわけがなかった。十件の犯行現場を東京の地図上にプロットし