見出し画像

【連載】東京アビシニアン(2)Jiyugaoka

 海外ブランドの路面店はないけれど、値の張るアンティーク家具やジュエリーを売る店の並ぶこの界隈には、数か月前から怪盗が出没すると噂だった。報道番組はその話題で持ちきりだ。言ってしまえばただの強盗だけど、ガラスは無傷、警報も反応せず、それでいて一級品ばかりをくすねとって、重厚な封蝋をほどこした犯行声明に「頂戴いたします」なんて走り書きをわざわざ遺していく。そんな浪漫をそそる手口から、雑誌やニュースは「怪盗」なんて呼んで騒ぎ立てた。鉢合わせた人はおらず、やり口は洗練されて巧妙。二人組説、内通者説、現代の鼠小僧なんて、世間の想像力には舌を巻く。彼女が店に侵入する様子を目撃したという、清掃会社の老社員なども現れて朝番組の取材を受けていた。
「女の単独犯ですよ。バールや刃物なんて物騒なものはもたず、どんな加工をしているのか知らないが、人一倍長く伸ばした頑丈な爪で鍵穴をこじ開けた」
 初めはメディアも注目して放映していたが、その荒唐無稽な描写の信憑性はうたがわしかった。三センチ厚の防弾ガラスを屈服させ、音もたてず、貴金属の身を盗み取って霧に紛れる、なんてことが可能なはずがない。視聴率ばかり追っていた編集部も、うんざりして老人の記憶違い、または霞み眼の見せた幻と結論付けたらしかった。懸案のインタビュー映像は資料倉庫の闇に葬られた。
 それでも怪盗の被害は止まなかった。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?