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ゴルフ ~コンペの朝、便乗した車のトランクが歪む、その修理費は?~

 真冬のことでした。
 

ゴルフデビューの三人

 ゴルフデビューの三人が、キャディバッグをかついで、誘ってくださった先輩の自宅に伺いました。
 三人は、ショートコースでは、よくラウンドをしていました。今回が初めて本コースでデビューするのです。
 場所は箱根の山の上にあるゴルフコースです。
 「冬ならば、ラウンド代は安いよ」
 先輩のありがたいお誘いに、のったのです。 

セダンの高級車

 すでにセダンの高級車が、玄関の前に駐車していました。朝日に輝いています。
 先輩がバックを担いで玄関から出て来ました。
「山の上だから、雪が残っているかもしれないけど、行ってみようか」
「はい、よろしくお願いします」
 三人は声をそろえて、礼儀正しく頭を下げました。
 四人は車の後ろにまわりました。トランクの鍵が差し込まれました。ふたが空に向かって軽やかに開きました。
 次々と、四人がキャディーバックを押し込みます。隙間のないように、ぎっちりと四つ突っ込みました。
 四人は手提げバックを持っていますが、さすがにこれはトランクには入りません。

トランクのふた

 ではと、先輩がトランクのふたをを閉めようとしました。閉まりません。何度もキャディーバックを詰め直します。閉まりません。どうやっても、キャディーバックの出っ張りに、ふたが浮いたままです。
 先輩は、ふたに全体重をかけました。
 ふたが歪んで山なりになりました。左右両側が浮いて、隙間が空いています。雨なら水が入ってしまうでしょう。
 でも本日は晴天です。
 ふたは、U字にふくらんだままゆがんで、ようやく鍵をかけることができました。
「待たせたね。さあ、出ようか」
 スタート時間に、間に合わなければなりません。四人は車に乗って出発しました。

いざ、ゴルフコースへ

 ついに、コースデビュー。
 あこがれのゴルフがついにできるんだ。初心者の三人は、すっかり有頂天になっていました。
 ゴルフ場はというと、半分雪に覆われています。青空が唯一の救いでした。
「標高八百メートルを超えると、雨は雪になるのさ」
 先輩の科学的な説明に納得です。全然寒さは感じませんでした。

雪原のゴルフ

 いざ、スタート。
 弾きだされたボールは、雪原に消えました。
 現場に行くと、ボールは雪で一回り大きくなっています。
「雪達磨が、できそうだな」
 先輩のジョークに爆笑です。
 とりあえず不屈のプレーは続行。
 次のコースに向かうとき、キャディーさんがオレンジボールをくれました。
「これなら見えますよ」
 確かに。
 フェアウェーは雪かきもしてあり、藁になった芝がのぞいています。でもボールは命令をきかない部下のように、フェアウェーを外れて左右に飛び散り雪に突き刺さりました。
 キャディーさんと一緒に、ボールを探しては「あったぞう」という雄叫び。あっちこっちで、それぞれのオレンジボールが見つかりました。
 山の上とはいえ比較的平坦なコースは、コースの境目が雪のためによくわかりません。となりのコースから打ったこともあるのでしょう。
 こうして、初心者三人は、間に昼食をはさみ18ホールのラウンド終了。スコアは仲良く120前後。私は121だったと記憶しています。何個ボールをなくしたかはわかりませんが。
 ラウンド中、先輩は三人にアドバイスをおくりジョークで笑わせてくれました。
 帰りの車の中で、盛り上がったのなんの。三人は、無事にコースデビューを果たした喜びで、車の中はにぎやかでした。
 先輩の自宅に戻り、三人は先輩に感謝の思いで再度頭を下げました。
 誰も頭の中に、車のトランクのふたのことなど、関心はありませんでした。 

先輩の笑顔

 キャディーバックを担ぐ我ら三人の後ろで、セダンのトランクのふたを閉める音がしました。
 我々は振り返り、先輩に子供のように手を振りました。
 先輩は笑顔を浮かべていました。両手はトランクルームのふたを閉めようと押さえています。ふたは浮いたままでした。
 こうして、三人はコースの話に熱中して、先輩の家を後にしました。
 我々は、帰りの電車に乗ったころ、ようやく気がつきました。
 修理屋に向かう車の中から、先輩のぼやき声が聞こえたように思ったのです。「高い一日になってしまったなあ」と。
 三人にとって、一生忘れられぬ一日になりました。


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