仁野 倫(ひとの りん)

小説を書きます。 『不思議なものは不思議なまま』

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【短編】養蜂者

久助の右腕は徐々に3つに裂け、順を追って左手も同じように裂けた。裂けた腕はそれぞれ膨らみ、筋肉が構成されていく。久助は筋肉が裂ける激痛にもだえ苦しみ、ついには気を失った。 目が覚めると久助は鏡で見るために体を起こそうとしたが、いつもよりも上体が重い。やっとの思いで起き上がり鏡を見ると、両腕にそれぞれ3本ずつ立派な腕が生えていた。数は増えたが、長さは前より短くなった。一本一本の腕は筋肉粒々であり、まるでおとぎ話に出てくる金太郎のようだった。この腕を見て上体が重かった理由を久

    • 【短編】ある公園のお話

      何かがおかしい。 この公園が視界に入ったときから感じるわずかな違和感。それは気にするにはあまりにも些細な違和感。 しかし、気にし始めたらそれは常に背中をなぞり続ける。 少し前を歩く村田を呼び止める。 「なぁ、この公園、なんかおかしくないか?」 「そうか、普通の公園だと思うけどな。」村田は何も気にしていないようだ。 俺たち二人は花火がきれいに見えると聞いて、花火大会の当日に賑わいを見せる河川敷を避け、自転車で見久山(みくやま)を目指していた。昼間に来たことはあるが、

      • 【短編】グリシエルの解法

        「いいニュースは無いが、悪いニュースはある。」 その男のカウンセリングは少々型破りなのだと聞き、この心の穴をふさいでくれるならと藁にもすがる思いでここにたどり着いた。 噂によるとこのカウンセラー、過去にクライアントを自殺に追い込んだことがあるという。ただの噂だが、実際にこの場所に来て一言目でこういわれたもんだからその噂の信ぴょう性はすこぶる高いような気がした。 「孤独な男は犬も食わない。」 「何ですって?」僕は聞き返した。 「孤独は男はみていられたもんじゃあ無いって

        • 【短編】エレファントスイング

          この夜だけは独りを許してくれる。 夜は思っていたよりも長くて、思っていたよりも明るかった。僕はこの「安全」がまだ続くことに胸をなでおろした。明日のことなど考えられないから。起きているのに、眠っているようだ。 最後に望んで眠ったのはいつのことだろう。次に望んで眠れるのはいつのことだろう。 ◇◇◇ 外に出ると冷たい空気が鼻から入り、体の中で溶けた。 月に冷やされた空気が体温になじんでいく。 その日は月がいつもより大きくて、そして赤みがかっていた。そのまま月を見つめてい

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        • 短編まとめ
          21本
        • 備忘録
          4本
        • 【長編】シー・ウォンツ・トゥ・カムホーム
          2本
        • 詩小説まとめ
          1本

        記事

          【備忘録】普通の中に沈む心がある

          普通の中に沈む心がある。 海の様に深いところに沈むあの感覚である。 徐々に光が遠くなっていく。 深海ではなく水面でもない。 静かに濁った水の色である。 普通の中に沈む心がある。 この夜ができるだけ続いてほしいと願うあの感覚である。 深い闇の中で街の寝息が聞こえる。 一人であって、独りではない。 ここだけで許される孤独である。 普通の中に沈む心がある。 孤高へのあこがれを捨て去ろうとするあの感覚である。 群れが南へ向かう時、踵を返して北に行く。 主体ではなく限りない受動。

          【備忘録】普通の中に沈む心がある

          【備忘録】Resonance

          Putting some ice in the empty glass sound like this there is nothing inside That's why the sound spread. Staring a candle with a small fire looks like this there is nothing around that's why the light spread.

          【詩小説】故に言葉を包む

          これをあなたに。そんな気持ちで綴っても、紙の上に現れるのは稚拙な文字の羅列。 結局は自分を納得させるために筆を握っている。見えているものを皮膚に刻み込むかのように。 そんなことを考えていたら、隣の部屋で壁に立てかけておいた本が倒れる音がした。 立てかけていたものがドミノのように倒れ、横たわっている。ちょうどいいからそれを横のまま積み上げた。その部屋の窓は空いていて、夜風が流れ込んでくる。 机に戻ると、嘘が紙の上に並んでいた。 新鮮な空気に頭が洗われたせいだ。自分の中身

          【詩小説】故に言葉を包む

          【短編】ネクラウンの部屋

          俺が追い詰めたとき、煌々と光る月がやつを照らした。 そいつの格好は非常にアイコニックだった。レインボーのピエロのような服装に禍々しい凶器。 いわゆるペニーワイズのような、はたまたジェイソンのような。 わざとらしく狂気的な笑顔は我々に恐怖というよりもいわゆるミッキーマウスのような、はたまたスポンジボブのようなキャラクター性を感じさせた。 やつはそのまま闇に身をくらませた。「bark to the moon bloody losers (月に向かってほえてろ、くそ負け犬共

          【短編】ネクラウンの部屋

          【短編】マイ・ファースト・ペパーミント

          「ブリザードだって」 娘のさゆりは肩を少しすぼめて、かじかんだ手に自分の息を吹きつけながら言った。 白州高原にスキーをしに来たのはいいが、あまりの寒さに耐えきれず、一旦休憩を取ることに決めた。さゆりはまだ外にいたかったようだが、大人は我慢が嫌いだ。 20年以上愛用しているグローブの防寒機能は低下しており、もはや「素手では無い」程度で、手は凍え切っていた。 分厚いはずのスキーブーツも経年劣化のせいか、じわじわと寒さに浸食され、足の感覚が少し無くなっている。 ロッジに入

          【短編】マイ・ファースト・ペパーミント

          【短編】最後の子

          どうして。こんなにも素晴らしいのに。紗子は思った。 彼女はある宗教の信者である。25年前、宗教家 Y川によって開かれた宗教団体「X会」は若年層の信者を急激に増やしていった。彼女は18歳の時に出会い、急激にのめり込んでいった。 学校でいじめを受け、夢もなかった紗子にとってそれは人生で初めて何かに熱中する経験であり、信じる者としての人生は幸せであった。1日のほとんどの時間をそこでの生活に費やした。 X会は本部内で信者たちが集団生活をしていた。ずっと孤独に生きてきた彼女にとっ

          【短編】タコイカ貝議

          「『タコ殴り』という言葉があるなら『イカ蹴り』という言葉があってもいいはずだ。」 イカは不満そうな顔でタコに言った。 「そんなにも美しい流線型に生まれたのにも関わらず、なんて愚かな。」とタコは少し呆れながら答えた。 「そもそも、これは良い言葉ではありませんよ。なぜそんなにも執着するのですか。」 「タコにだけ言葉が与えられてるのがずるい。」 「我々にはそれぞれ役割がある。決まっているのです。どちらも役割を全うしなければ。自分の役割を理解もできていないくせに、権利だけ要

          【短編】タコイカ貝議

          【短編】アルキメデスの風呂桶

          「気分転換に大きなお風呂に入っておいでよ。」 そう言われたから久しぶりにスーパー銭湯に来たけれども、どこもかしこも人でいっぱいだ。サウナなんて座る余裕もなかった。 本当は風を感じられる場所でお湯につかりたかったけど、人が多いと気が休まらないので、露天風呂の奥の方にある洞窟風呂で我慢することにした。 一歩中に入ってみると明かりが無く自分の足も良く見えない。しかし、しばらくすると目が慣れてきて中が見えるようになってきた。 中が見えるようになると思っているよりも奥行きが

          【短編】アルキメデスの風呂桶

          【短編】サスティナブル坊や

          サスティナブル坊やは今日も行く。 羽を伸ばして遠くの街に。 駄菓子屋を見つけて一休み。 アイスをむしゃむしゃかわいいね。 サスティナブル坊やは今日も行く。 今日はどこまで行こうかな。 公園を見つけて一休み。 ブランコぶらぶらかわいいね。 サスティナブル坊やは今日も行く。 近所の八百屋におつかいだ。 ご近所さんにはご挨拶。 元気いっぱい、可愛いね。 サスティナブル坊やは今日も行く。 通学路には気を付けよう。 学校に行ったら人気者。 みんなにこにこか

          【短編】サスティナブル坊や

          【短編】消極的自分探し

          「あなたはインドに行ってもなにも得られないよ」 君はぶっきらぼうにそんなことを言った。 分かっている。別に分かっているんだ。 でも、そんなこと言われたらムキになっちゃうじゃないか。 ただ言ってみただけだった。 「あなたはどこに行ったってもっと素敵になって帰ってくるよ」 こんなことを言って欲しかったんだ。 もはや、インドに行くことは自分探しのためではなく、君が間違っていたのだと突きつけてやるための材料探しになった。 そしてインドに着いて3か月目の夜。 壁の薄い部屋の

          【短編】消極的自分探し

          【短編】僕は本当に君を愛していたんだ

          「ドクター、僕は本当に彼女を愛していたんだ。」 中年の男はそう言って話し始めた。メガネで鋭い視線を隠している彼は、その途端に水色の空気を漂わせた。 「あれは間違いなんかじゃない。」 断固たる彼の言葉はドクターにある種の圧迫感を与えた。 「誰も間違いだったか正解だったかは分かりません。ですので、自分が思うように解釈してください。」 「あれは僕が間違いだと思ったら間違いになって、間違いじゃなかったと思ったら間違いじゃなくなるってことか?」 「簡単に言えばそうでしょ

          【短編】僕は本当に君を愛していたんだ

          【備忘録】A little endeavor to the end

          身体中に錆が流れる。 小さな傷を抉る。 しみる。 中からしみる。  取り出せないのなら せめて最後は自分で。

          【備忘録】A little endeavor to the end