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【短編】クチナシ


「また余計なことばかりしゃべって」

その男は自分の口を恨み、とうとう千切り取ってしまった。

しかし、しばらくたって皆は何も気にせず話をしているのに、自分だけが口を聞けない状況に嫌気がさし、今度は世の中を恨み始めた。

男は世の中が不平等であると考えた。

話をすることがまだできたとき男はよく責められた。それは近しい人からの時もあれば、初対面の人から言われることもあった。

男は口が悪いとよく言われていたが、それが彼の話し方であり悪意は一切無かった。

しかし、人々は彼の話し方に悪意を見出した。感じ方の違いによるものだ。男もそれは理解し、なるべく誤解の無いような話し方を心掛けていた。

しかし、男は口を失ってから考え始めた。

他の人々は一方的に口の悪さを責め立て、彼ら(彼女ら)のことを気遣うように男に要求したが、彼ら(彼女ら)は男の心情などを全く気にかけていなかったのではないか。

「コミュニケーション」において表現者と鑑賞者、そのどちらにも責任の所在はあるはずなのに、一方的に男のみが自身を修正するように強制するのは不平等であると。

男の怒りは膨れ上がっていった。これは吐き出し口が無いためであろうか。その膨れ上がった怒りは内側から男を焼きはじめ、とうとう痛みまで感じるようになった。

復讐しなければ、吐き出さなければ。男の怒りと、それに伴う痛みは限界に達していたのだ。

男はある洞窟に行き、そこの土地神に祈りを捧げた。

「全ての人から口を奪え」

男の祈りは神に届いてしまった。世の中から口が消えた。

話すことの出来なくなった人々は原因を探った。

そしてある日、人々は口が奪われたのはその男の祈りであると突き止めた。

怒った人々はその男の元へ行き、自分達の口を奪ったその男を袋叩きにし、ついには殺してしまった。

すると空から光が差し込み、人々の目の前に神が現れ、こう告げた。

「その男は言った。もしも人々が呪いをかけられた理由を知ろうとしたのならば口を返してやってほしい。しかし知ろうとせず自分を責めたら永久に口を奪い取ってほしいと。男は死んだ。お前たちの口はもう戻らない。君たちのように正義面をしている奴ほど自らの行動に疑問を持たないのだ」

人々は怒り狂い、死んだ男の体を引き裂いた。

男を内側から燃えつくしていた怒りの炎が、引き裂かれた体から漏れだし人々の体を平等に焼いた。

叫ぶこともできず人々は焼かれていく。死にゆく人々は、最後の瞬間まで自身から口を奪ったのはその男であると信じて疑わなかった。

その様子をみた神はあきれて言葉が出なかった。

洞窟には深い沈黙が訪れた。

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