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【短編】グリシエルの解法


「いいニュースは無いが、悪いニュースはある。」

その男のカウンセリングは少々型破りなのだと聞き、この心の穴をふさいでくれるならと藁にもすがる思いでここにたどり着いた。

噂によるとこのカウンセラー、過去にクライアントを自殺に追い込んだことがあるという。ただの噂だが、実際にこの場所に来て一言目でこういわれたもんだからその噂の信ぴょう性はすこぶる高いような気がした。

「孤独な男は犬も食わない。」
「何ですって?」僕は聞き返した。

「孤独は男はみていられたもんじゃあ無いって言ったんだ。」
「どういう意味ですか?」という僕の質問には答えずそのカウンセラーはつらつらと話し始めた。

「孤独な女は絵になる、アートになるんだよ。一人で佇む女。風流じゃないか。日本の浮世絵でも、西洋の油絵でも題材になるのは女だ。男は絵にならない。しかも女は孤独を選べる。孤独な女は選んで孤独になっているんだ。男は違う。望んで孤独になっている男なんていない。男は孤独に気がつくんだ。気がついたら孤独になってるんだよ。」と言ってから、僕の方を眼鏡の奥からぐっとにらんだ。その目はまるで僕の体を内臓から覗いているかのように鋭く、僕を委縮させた。

委縮した僕を尻目に彼はまた話し始める。

「男の孤独の先には何が用意されてるかって。死だよ。男の孤独の先には死が待ってる。セックスもせずに部屋にこもって時間が過ぎるのを待つ。終わりを待ってるんだ。早く終わるのをね。」と彼は言った。

「なんで、こんなことばかりをいうんですか?」胸が苦しくなった僕はとっさにこういったが、そのカウンセラーはつまらない質問をしやがってと言う風に僕を一瞥してから話しに戻った。僕の勝気な部分はこの一瞥によって完全に沈黙した。

「男とか女とか前時代的な考え方だと一蹴されても文句は言えない。でも、事実なんだからしょうがないんだよ。事実を言わない方がよっぽど恐ろしいことさ。君には君の生き方があるんだからと優しい言葉をかけてくれる人もいるだろう。でもそいつは孤独なお前を救ってはくれない。」このカウンセラーはこう続けた。

「世の中はうまくできてるように見えて、案外適当なんだよ。システム上の救済なんてクソの役にもたたない。人間は感情の生き物なのにそれを勘定に入れてない。孤独な男を救済するシステムなんてものは存在しない。」

そう言ってからカウンセラーはまた僕の方を向き鋭い目線を向けながら「君は今、生きることが”きつい”と思っているか?」と聞いた。
「きついと思っているわけでは無いと思います。けど、心に穴が開いているような気がするんです。」僕がそう答えるとそのカウンセラーは100万回は同じ答えを聞いていると言わんばかりにため息をついてこう続けた。

「男はきつい時にきついと言わない。言えないんだ。大丈夫だと言う。でも、それの意味は本当に大丈夫って意味じゃあない。これは「これ以上は無い」って意味だ。つまり人には解決できないってことさ。」

僕はなんだかすごく責められているような気がした。そして、心の隅に感じた恐怖を振り払って声を荒げた。
「あんた、カウンセラーだろ。僕の話しを聞いて解決するがあんたの仕事だろ。さっきからずっと責めるようなことばかり言って。」

するとこのカウンセラーはまた、ため息をつき僕に向かって鋭い視線を送った。僕はまた蛇ににらまれた蛙の様に委縮して席に座った。

僕が席に座ったのを見てこのカウンセラーは「言いたいことは言ったか。じゃあ、今度は私の番だ」とさっきの続きを話し始めた。僕はなんだかステージの違いを認識させられたように感じ、恥ずかしくて顔が挙げられなくなった。

「よく、女は感情的な生き物だと言うけれども、俺に言わせりゃあ、男の方がよっぽど感情的で矛盾した生き物だよ。」とそのカウンセラーは言った。そして、
「男は本当は察してほしいと思っておきながら、察してほしいって決して言わない。思っていながら言わないんだよ。誰かが勝手に察して勝手に動いてくれるのを待ってる。でも、結局そんな奴は現れないんだ。待っていても、女は抱かせてくれないし金は入ってこない。お前が欲しがってるものは全部いばらの先にあるもので、生きてるだけで手に入るようなもんじゃない。男が幸せになることは世の中で最もむずかしい事なんだよ。」と続けた。

僕はそれを否定してやりたいと思ったが、どう考えても今の僕の中にそれに反論するための材料があるようには思えなかった。その様子を見て、カウンセラーは少し語気を弱めてこう続けた。
「人間は平等なんかじゃ無い。男は冷遇されてるんだよ。当たり前のようにね。一応言っておくがこれはシステムの話じゃあない、これは”全て”の話だ。でも、それが当たり前なんだよ。当たり前に噛みついてもどうしようもできない。」

「じゃあどうしたらいいんですか?僕はどうしたらいいんですか?」と僕は尋ねた。

「好きにしたらいい。」カウンセラーはこう答え、続けて「現代社会ではいろんな生き方があるって人は言うけれども、それに伴う結果は誰も保証してくれない。その結果お前が1人で寂しい死を迎えようが誰も気にしないってだけの話しさ。」といった。

「でもそれじゃあ僕みたいなやつにはまるで救いがないじゃないか。」

「孤独な男は犬もくわない。食ってくれるのはウジぐらいなものだよ。ウジに食われるぐらいなら死んだ方がマシなら勝手に死んでしまえよ。死んだら結局ウジに食われるんだからさ。遅いか早いかの違いだ。」とそのカウンセラーは答えた。

「結局僕はどうしたらいいんですか?」僕は泣き言をいうように漏れ出した言葉をカウンセラーにぶつけた。僕の目からは今にもこぼれそうなほど涙がたまっていた。

「全部食ってやればいいんだよ。」とカウンセラーは答えた。
「君は無駄にかっこつけて、無駄にうまく生きようとしている。好き嫌いして美味しいとこだけ見て、その過程を全く無視しているんだよ。」

カウンセラーはさっきよりもずっと優しく重たい口調で話し始めた。これが一番重要なポイントなんだと僕は理解した。

「結果が出るまではお前はウジ虫同然のクソだ。そりゃ犬も食わない。だがウジならウジらしくなんでも食えって話なんだよ。目の前にあるもの全部。食ってからわかるんだよ。お前が本当にウジだったのかどうか。その結果ウジだったらその時に首をくくれ。でも、まだその時じゃない。君が何になるかなんてまだわからないんだから。」

僕は完全に破壊されて、再構築されたように感じた。再構築されても結局ウジなことに変わりは無いのかもしれないけれども、少なくとも水の上に浮く死んだウジでは無いと思った。

そのカウンセラーはここまで話し終えるとポケットから自分のタバコを取り出し、僕に勧めた。僕はタバコを吸わないので断ると一瞬眉毛を挙げてからあきれたように口で一本を抜き出しそれに火をつけた。そしてそのたばこをふかしながら僕の方を最初と同じ鋭い目線で見た。

「私は神を信じない。だが、悪魔がいるのは知っている。だから、悪魔に魂を売った時だけ戻って来なさい。そしたら、私が弱虫な君のために殺してあげるから。」と付け加えた。その言葉には”誰か”の影を感じた。

彼は僕がもう戻ってこないということを知っているのだろうか。それとも願っているのだろうか。

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