格差と偏見と家族と:『パラサイト 半地下の家族』
2019年カンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞し、続けて米国アカデミー賞最優秀作品賞、国際長編映画賞、監督賞まで受賞し話題騒然となった韓国映画『パラサイト 半地下の家族』。外国語映画としてアカデミー賞最優秀作品賞を取ったのは初、またカンヌのパルムドールとアカデミー作品賞を両方獲得した3本の映画のうちの1つ。
前年2008年の是枝裕和監督作品『万引き家族』に続いてアジア映画がパルムドール受賞したこと、また両者とも社会の底辺に住む人々を描いたことでも大きな反響を呼んだ。韓国の観客動員数は1千万を超え、日本での動員数は220万人を突破。興行成績は制作費の17倍、約2億6千万ドル(約266億円)。
世界中で多くの人を惹きつけたこの歴史的快挙作品について考えてみる。
あらすじ
4人家族のキム一家はソウルの貧しい地区の半地下住宅に暮らしている。父ギテク、母チュンスクは失業中。息子のギウは大学受験に落ち続け4浪中、娘のギジョンは美大浪人。ピザのデリバリー用の箱を内職で作り、何とか生計を立てている。ある日ギウの友人、名門大生のミニョクが家を訪れ、金運をもたらすという岩をギウに手渡す。また留学する間、家庭教師の仕事を受け継いで欲しいと頼む。了承したギウが向かったのは高台にあるIT企業の社長パク・ドンイクの豪邸。豊かで優雅な生活をするパク家に出入りするうち、ギウはある企みを思いつく…。
映画情報
原題:기생충 Gisaengchung
製作年:2019年
製作国:韓国
上映時間:132分
監督・脚本:ポン・ジュノ
キャスト:
ソン・ガンホ(キム・ギテク)
チャン・ヘジン(チュンスク)
チェ・ウシク(ギウ)
パク・ソダム (ギジョン)
半地下が語る格差
表題にもある半地下。日本で半地下のアパートというのは珍しく、またニューヨークなどでは高級住宅街に普通に半地下のアパートが存在する。よって韓国ソウルで半地下のアパートが象徴するものについてピンと来る人は少なかったかもしれない。映画の中で描かれるキム一家が住む半地下アパートは確かにひどい。害虫駆除の煙を浴びたり、窓が酔っ払いの立ち小便の標的となる。小さなシャワー室に置かれたトイレは目線上にあり、段を登らないと用を足せない。
対照的にギウが家庭教師に入るパク家はソウルの高台にある著名な建築家が建てた一軒家。アジアとモダンテイストが入り混ざった大きな家には至るどころに日光が入り、リビングからは窓越しに緑の美しい庭が見える。家政婦ムングァンが常に掃除しているのもあり、家中綺麗で家具も調度品も洗練されている。
近年日本で格差社会という言葉をよく聞くが、韓国も同様、いやそれ以上に格差社会らしい。世界中で人気の韓流ドラマやK-POPのグループからは見えない韓国の闇の部分、格差社会がこの映画ではキム家とパク家という対照的な家族、そしてその住環境を通して赤裸々に、コミカルに描かれている。
偏見がもたらす災い
映画の中でしばしば見られるのが登場人物達が持つ根強い偏見や盲信。IT企業の社長パク・ドンイクの妻ヨンギョはアメリカ製は良いもの、アメリカ留学経験があり、英語堪能であれば優秀な人と信じているところがある。夫のドンイクは知人が勧めてくれた人は信頼できる人と盲信している。縁故主義が強いといわれる韓国では普通の考え方なのかもしれない。
一方のキム家もお金があれば人は善人になれる、裕福で世間知らずな一家を騙すのは簡単、と高を括っているところがある。
偏見や盲信はキム家がパク家に付け入る隙を与え、キム家の企みを挫かせた。そして最終的には悲劇を招くのだから恐ろしい。
家族と愛
映画中ギテクがドンイクに妻を愛しているか、と問う場面が二回出てくる。中年となった今、新婚当時の愛の記憶は遥か彼方、少々乱暴で気が強い妻のチュンスクの尻にひかれ、ギテクは夫婦愛、家族愛とは何かを見失っていたのかもしれない。
パク家を騙し、取れるだけ金を吸い取ろうとするキム一家の姿はさもしいが、家族4人は仲良く、小さな半地下のアパートも和気藹々としている。一家で訪れる大衆食堂で顔を寄せ合って食事する姿は楽しそうだ。アパートが洪水に見舞われ、近所の体育館に避難を余儀なくされた際も家族で寄り添って乗り越えた。
しかし詐欺が行き過ぎた結果、最終的に家族は一人を失い、バラバラになってしまう。キム家は失った後に気づいただろう、本当に大切なのは家族で愛は間近にあった、と。
一家バラバラになった後も、息子は父を思い、父は息子を思い続ける。息子は父親を救い出すために懸命に努力すると心に誓う。この堅固な家族愛、親子の絆はダークな結末の微かな光となっている。
美は万人を魅了する
映画の主要な舞台である著名な建築家が建てたパク邸宅。高い天井に広々とした空間、リビングの大きな窓からは眩い緑の庭園が見える。いるだけで背筋が伸びるような、それでいて心が安らぐような素晴らしい家だ。お金持ちでないといられない空間、手に入らない景色にキム家は家庭教師、または使用人としてアクセスを得て、パク家不在の間、自分のもののように楽しむ。
その空間に魅せられていたのはキム家だけではなかった。家政婦ムングァンと地下に匿っていた夫のグンセも家主不在の間、豪邸を自分たちの家のように使い、建築家の技を愛で、窓から刺す陽の光の美しさに見とれていた。
美の力、アートの力は偉大だ。学や富があってもなくても、美の威力は万人を優しく安らかな気持ちにさせる。映画では建築が万人をひれ伏させるアートの象徴だが、個人住宅では特権階級のみしか恩恵を受けることができない。これも格差問題だ。アートにアクセス出来るのは圧倒的に富裕層なのだから。しかしその効用を考えると、アートは万人がアクセス出来、恩恵を受けるべきものであろう。その意味で一般に開かれた美術館、ミュージアム、公共のインスタレーション、建物等の存在の有難さに改めて気付くのである。
静かだけど躍動感、ドラマチックな展開
カンヌ映画祭パルムドール受賞だから歴代の受賞作のような静かなアート映画と思いきや、『パラサイト 半地下の住人』は躍動感とドラマチックな展開に満ちている。富裕層と貧困層というわかり易い対比の構図、虐げられている貧困層が富裕層を陥れる爽快感。嵐の夜に突如現れる不穏な訪問客。ホラーな地下の住人。家主がいない間プア同士で醜く争う姿は喜劇。家主がいつ帰ってくるかとハラハラするスリル。そして最後は勧善懲悪的な結末。ハリウッド映画によく見られる明確なストーリーライン、起承転結をきちんと押さえ、しかもスリルとホラーに満ちていて観客を飽きさせない。
芸術性の高さだけでも、大衆受けだけでも、興行成績266億円、ましてや世界中の主要映画祭の賞を総ナメにし、人々の話題になる作品とはなり得ない。芸術性と大衆性の両方を押さえたことがカンヌとアカデミーを制覇という歴史的快挙をもたらした原因だろう。
終わりに
アートとエンターテイメントが融合した映画『パラサイト 半地下の家族』。世界中の主要な映画賞を受賞し、何千万人もの動員数を記録した。社会問題や人間の偏見や差別を鋭くコミカルに描きながらも、じんわりと家族の絆、愛についても考えさせられる。ポン・ジュノ監督の才能を世界に知らしめ、韓国映画の世界的な位置を格段にあげた。今後のポン・ジュノ監督の作品、また韓国映画の動向にも是非注目したい。
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