【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 後編 10
その日も、朝から怒り狂ったように太陽が照りつける1日だった。
弟成は、油蝉の鳴く声を間近に聞きながら、今日も厩の掃除に汗を流す。
馬の屎尿と体臭が熱せられて、噎せ返りそうだ。
おまけに、ここ数日の蒸暑い夜のために寝不足だった。
彼は、ふらふらと表に出た。
そして、木陰に入ると、その根本に一頻り戻し、その場所にへたり込んでしまった。
斑の光が、彼の顔を照らす。
風が木立を揺らし、彼の首筋を通り過ぎてゆく。
彼は、大きく息を吸い込んだ。
そのうち、弟成に釣られたのか、厩から続々と子供たち出て来た。
最後には、厩長も出て来て、弟成たちが休んでいた木立へと入って来た。
「お前ら、半時ほど休憩や」
彼はそう言うと、子供たちを押し分け、最も涼しい場所に陣取った。
「こんな日は、皆ぶっ倒れるわ」
黒万呂は、額の汗を拭った。
弟成は、両腕を高く突き上げ、背伸びをする。
誰も、まともに話す気力さえない。
生温かい風を体全身に受ける。
木陰が、先程より伸びている。
「もうええやろ、仕事に戻れ!」
厩長は立ち上がり、子供たちを追い立てた。
「ほな、頑張りますか」
弟成たちは、再び厩に戻ろうとした。
「あれ、黒万呂の弟の若万呂(わかまろ)やないか?」
確かに、若万呂が汗まみれになりながら、こちらに走ってくる。
「ほんまや! なんやろ?」
黒万呂は、厩から覗き見た。
「兄ちゃん、大変や。あっ、弟成兄ちゃん。廣成(ひろなり)小父さんが倒れた!」
「何やて!」
黒万呂たちが驚きの声を上げた時には、弟成は奴婢長屋目指して駆け出していた。
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