【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 後編 6
奴たちは、壺の中に片手を突っ込み、板切れを次々と取り上げていく ―― その度に、歓声が起こった。
これまで「当り」は出ていないようだ。
徐々に、弟成の並んでいる列が短くなっていく。
黒万呂の弟の倉人万呂・若万呂は、当らなかったようだ。
黒万呂に親指を突き立てると、不安そうな顔で様子を窺っていた父の文万呂(ふみまろ)と母の三島女(みしまめ)の下に駆けつけた。
文万呂は、二人の肩を叩いて喜んでいる。
三島女は、いまにも泣きそうだ。
だが、まだ肝心の黒万呂がいる ―― 安心はしていないようだ。
弟成は、黒万呂の家族の傍に、不安そうな顔つきでこちらを見ている母の黒女(くろめ)の視線に気が付いた。
隣には、姉の雪女(ゆきめ)が廣女(ひろめ)を抱き、これも不安そうな顔で、くじ引きの様子を見つめている。
彼女の心配の種は、弟成もあったが、夫の忍人(おしひと)もあった。
いよいよ、黒万呂の番がやってきた。
彼は顔の前で手を合わせ、何事か一生懸命に唱えている。
何を唱えているのだろうと不思議に思って覗き込もうとした。
その時、家人の列から悲鳴が聞こえた。
どうやら、「当り」が出たようだ。
そして、彼の前からも悲鳴が聞こえた。
前を覗き込んだ。
黒万呂が赤い丸が描かれた板を手に持ち、硬直している。
雑物が覗き込み、にやりと笑った。
「よし、奴は一人決まったぞ! あと一人だ!」
奴の列にざわめきが起きた。
三島女は、その場に泣き崩れた。
文万呂も弟たちも、呆然としている。
弟成は、黒万呂の顔を覗き込んだ。
彼は、息もしていないかのように全く動かない。
「おい、お前、確りしろ! おい、誰か、こいつを運んでやれ!」
くじ引きの監視をしていた雑物の従者の言葉に、倉人万呂と若万呂が急いで兄を両親の下まで担いでいった。
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