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【歴史・時代小説】『縁切寺御始末書』 その二 おはまの一件始末 5

 板橋宿を過ぎたのは翌日の昼、さらにふた時ほどかかって、寺社奉行所がある松平下総守の屋敷に入った。

 本当なら、板橋宿から奉行所まで半時ほどで行けるのだが、初めての江戸に迷ってしまい、ようやく辿り着いたときには、西の端が柿色に染まっていた。

 惣太郎は、〝お声掛り〟の役目を受ける与力の藤田孝三郎(ふじた・こうざぶろう)に、遅れたことを詫びた。

 孝三郎は、

「初めての江戸は大変でしたでしょう」

 と、労をねぎらってくれた。

「はあ、田舎とは違って、道が入り組んでおりまして、それに見通しが聞きませんで。己がどこにいるのかも分からなくなりまして、面目次第もありません」

「まあ、初めて来た者は、誰でも同じです。かく言う拙者も……」

 と、孝三郎の昔話が始まった。

 あまりに長いので、今日中に寺社奉行さまに取り次いではいただけないのかと心配になった。

「あ、あの……、藤田さま、〝お声掛り〟のほうは、いつ御奉行さまへ上申していただけるのでしょう」

「うむ、それなら……」

 早くても十日、長くて一月(ひとつき)かかるという。

「えっ、そんなにですか。もっと早くならないのですか」

「と言われてもですね、奉行所も色々と取り込んでおりまして、先決事項が山ほど積もっておるのですよ。これを先にというわけにはいかんのです。まあ、町方とのこともあるし、早めに御裁断くださるよう上申は致しますが。しかし、あの御手洗さまがどうでるか」

 孝三郎は、渋い顔しながら首を傾げる。

 御手洗さまとは、それほど厄介な人なのかと、惣太郎は会うのが少々億劫になった。

「まあ、江戸見物に来たとでも思って、気長に待ってください」

 幸先の悪い。

 おはまの一件、心配である。

 そうは言っても、下級役人の惣太郎が、急いで裁断しろなどと言えないので、仕方なく待つことにした。

 しかし、これは逆にちょうどいいかもしれない。この暇な間に、板橋まで行ってこようと、翌日、与力に断って奉行所を出た。

 実のところ、惣太郎はもう一件、用件を抱えていた。

 おみねである。

 江戸へ出役と決まったとき、清次郎から、

『立木殿、おはまの一件が終わり、こちらに帰られるときでよろしいので、板橋でおみねの身辺を調べてもらえませんか』

『何か、不審なところがおありですか』

 清次郎は多分にと頷いた。

 おみねの大家と組頭に呼状を出して半月、ようやく満徳寺へとやってきた。

 遅い、満徳寺の呼状をなんと心得るかと叱りつけると、真に相すみませんと頭を下げ、言い訳をはじめた。

 大家は権兵衛(ごんべえ)といった。50過ぎの鬢に白いものが目立つ、渋みのある男だった。清次郎に小言を言われても、然程動じることなく、でんと構えている。

 組頭の七郎(しちろう)は、まだ20代後半のようだが、こちらも妙に落ち着いた感じで、それが癖なのか、眉を片方だけきゅっとあげて、清次郎の後ろに座っていた惣太郎のほうをじっと見ていた。

 聊か癪に障るやつだと、こちらも睨みかえしてやった。

 権兵衛は、出頭が遅れたことを、こう言い訳した。

『実のところを言いますと、私どもも寅吉には参っておりまして……』

 確かに寅吉は、おみねが申したとおりの駄目亭主だった。

『酒を飲む、博打はやるで、家内は火の車。そのうえ、おみねに手をあげるのですから、私ども、再三に渡って注意をしておったのです。ですが、全くと言っていいほど聞き入れませんで、そこにおみねが駆け込んだと知らせがきて、我々一同、然もありなんと言っていたところなのです』

『寅吉の所業は良く分かった。相当駄目な男であるようだな。それで、そなたらはなぜ呼び出しに遅れたのだ』

『はあ、そこでございます。夫婦の仲というのは、これは傍で見ているのと、実際の夫婦との間では、かなり違うものがございます。〝夫婦喧嘩は犬も食わぬ〟と言いますが、毎日のように言い争っている夫婦が、その実、夜はまるで一緒になったころのように、仲睦まじく目合(まぐわ)ったりしまして……』

 清次郎に睨まれて、権兵衛は慌てて不躾なことを申しまして、申しわけございませんと頭を下げた。

『いや、兎も角、夫婦とは分からないものです。この前も、うちの長屋の夫婦が豪(えら)く酷い喧嘩をしまして、まだ一緒になったばかりの若い夫婦なんですがね、むかしから好きあっていた仲で、男のほうは大工の見習をやっておりまして、仕事も熱心だし、筋もいいと親方に評判もよく、酒もそれほど嗜なまないし、博打も女もやらない、これが実にいい若者なんです。女もほうも、気立てが良くて器量よし、まあちょっとおしゃべりなところが難点ですが、若い娘なら仕方のないこと、夫を良く支えるいい娘(こ)なんです。このふたり、私が仲人をしてやったんです。私も、良い夫婦ができたと自慢していたんですが、それが大喧嘩をしてるじゃありませんか、それも女房が包丁を持ち出して振り回すほどです。まあ、大勢で取り押さえ、何とか怪我人は出さずに済んだんですが、お前ら、なぜ喧嘩したんだ、あれほど仲良くやっていたじゃないか、と理由(わけ)を聞いてみますと、いやはや、本当に夫婦は分からない。実は、家では一言も口をきいていなかったとか。私どもも驚いて、なぜ一言も口をきかない、お前たち、あれほど好きあっていたではないかと問えば、夫は言います、あんな女とは思わなかった。女も言います、あんな男とは思わなかった。いえ、理由(わけ)は些細なことなのです。女房が男の前で平気で尻を掻く、旦那が飯のあとに汚らしい噯気(おくび)をする。互いに離れて暮らしているときは、相手の良いところしか見えないものですが、いざ一緒に暮らし始めますと、見たくないものも見えてくるものでございます。そういうものが積もり積もって、旦那は女房の飯を食う姿もいやになってくる、女房も女房で旦那の褌を洗うのも嫌になる、口を開けばとげとげしい言葉がでる。そのうちに話をするのも嫌になる、そして、ちょっとした言い争いで大喧嘩に発展する、とまあ、こんな感じでして。しかし、それが夫婦というものであって、お互い他人なのだから嫌なところがあるのは当たり前で、私なんか、女房の顔さえ見たくないって思うこともあるし、女房だって私が寝転がっていると煙たい顔をすることもある。でも、それを許しあってこそ、仲良くやっていける、真実(まこと)の夫婦になっていけるのだよと諭したのですが、結局〝覆盆に返らず〟で、夫が三行半を書いて、別れてしまいました。つくづく、夫婦というものは分からないものでございます』

 と権兵衛は、息も吐かないほどの勢いで語るので、さすがの清次郎も圧倒されて、終いまで口を挟めなかった。

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