【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 後編 7
「次、お前だぞ!」
弟成は監視役に急かされ、壺の中に右手を入れた。
木切れが拳や掌を打つ。
できるだけ下の方の板を取ろうと肩まで突っ込む。
良くかき混ぜる。
母と姉の目は、不安そうだ。
弟成は、じっと事の成り行きを見守っている入師と聞師を見た。
入師は目を瞑って両手を合わせているが、聞師はこちらをじっと見ている。
―― 何が言いたいのだ!
弟成も、聞師を見返した。
彼の手に悪戯の神様が舞い降りる ―― それを引き揚げる。
そして、ゆっくりと手を開いてゆく。
手の中の板切れに印はない。
裏返す ―― そこにも印は書かれていなかった。
「よし、お前は大丈夫だ! はい、次!」
監視役の言葉に、彼は安堵した。
兎に角、良かった。
これで、母や姉を悲しませないで済む。
だが、黒万呂は………………
ゆっくりと黒女や雪女の下に歩いて行った。
黒女は、弟成に駆け寄り、熱く抱擁した。
「本当に、良かったよ。本当に……」
彼女の目から、留めなく涙が溢れた。
雪女も半泣きである。
だが、彼女はまだ安心していない ―― 夫の忍人のことがある。
弟成は、黒万呂の下に歩み寄った。
彼は、幹に寄りかかって座り込んでいる。
その顔に生気はない。
父や弟があれやこれやと慰めるのだが、完全に放心状態だった。
三島女の涙は止まらない。
「黒万呂……」
弟成は、掛ける言葉が見つからなかった。
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