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平野啓一郎|小説『ある男』

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平野啓一郎の最新長編小説『ある男』。愛したはずの夫は、まったくの別人であった。「マチネの終わりに」から2年。平野啓一郎の新たなる代表作! ーー
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2018年6月の記事一覧

ある男|6−5|平野啓一郎

「お父さんも、悠人のこと、本当にかわいがってたものね。」 「僕、……お父さんが死んで、悲…

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ある男|6−4|平野啓一郎

新学期の朝の、何かに追い立てられるような静けさを、古いクーラーの音が強調していた。 悠人…

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ある男|6−3|平野啓一郎

「本当に大丈夫なの?」 「うん、……体は別に、元気だから。」 「じゃあ、何? 気分的なこ…

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ある男|6−2|平野啓一郎

生まれた時から、花はずっと「ふわふわの子供」と皆に言われていた。体全体を見ると、特に太っ…

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ある男|6−1|平野啓一郎

「谷口大祐」の死亡届を無効とし、里枝を武本姓の戸籍へと復帰させる裁判所への申立は、審判が…

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ある男|5−5|平野啓一郎

城戸は、亡夫のことを〝X〟さんと称したが、彼女自身は、たとえ便宜的であったとしても、決し…

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ある男|5−4|平野啓一郎

遼を診察した医師は、すぐに大きな病院で診てもらった方がいいと紹介状を書いた。脳腫瘍の疑いを告げられたのは、この時が初めてだった。 翌週、MRI検査の結果、遼は大脳基底核に脳腫瘍が出来ていて、「典型的なジャーミノーマ」と診断された。おねしょも喉の渇きも、それに伴う尿崩症だという説明だった。 里枝は、この最初の診断の後、ほとんど縋るようにしてその「治る」という言葉を信じてしまったことを、今に至るまで後悔していた。尤も、医師も最初はジャーミノーマという診断に自信を持っていて、あ

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ある男|5−3|平野啓一郎

城戸は聞き上手で、里枝も自然と饒舌になった。遺品を引っ張り出してきて並べながら、電話では…

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ある男|5−2|平野啓一郎

年が変わって二月の末に、城戸が宮崎まで来てくれた。 店の応接スペースで面会して、何も食べ…

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ある男|5−1|平野啓一郎

谷口恭一の訪問を受けた日、里枝は、思いもかけない事実を突きつけられて、気が動転したまま、…

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ある男|4−5|平野啓一郎

カクテルを待つ間、城戸は、丁度今流れているらしい、ビリー・プレストンの《キッズ・アンド・…

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ある男|4−4|平野啓一郎

父が国籍のことで、彼に真面目な話をしたのは、この時を含めて三度だけだった。  もう一度は…

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ある男|4−3|平野啓一郎

また一人、常連客らしい男が来て、城戸から一つ席を空けて座り、マスターと賑やかな会話を始め…

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ある男|4−2|平野啓一郎

谷口恭一は、弟の近影を一枚も持っていなかった。世代的に若い頃の写真が少ないのは仕方がないが、成人後も、不仲のせいで、デジカメで撮り合うようなことはなかったらしい。彼からは、古い家族写真を一枚、見せられていたが、そこに写っていた小さな谷口大祐の横顔と、美涼と向かい合う彼の表情はほとんど別人だった。  いかにも、恋人が向けたカメラの前で、はにかみつつじっとしている様子で、その時の美涼の表情まで目に浮かぶようだった。そしてやはり、彼は〝X〟には似ていなかった。 「よかったらどう

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