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人生のギアチェンジ

「50歳誕生日までに」を目標に、4月中旬からスタートさせた求職活動だった。誕生日を越えた今、急ぐ理由がなくなったので、ゆっくりじっくりと考えて仕事探しを進めるように方向転換して過ごしている。

派遣会社の求人をチェックしつつ、コーディネーターから時々かかってくる紹介の話を聞きつつ。機会を広げるために登録サイトからエントリーは気軽にしても、その次の社内選考と紹介の段階では、よく話を聞いて考えてから慎重に進めるように方向転換した。特に、応募する企業の社員の年齢層や、派遣スタッフに対する考え方については、それとなく事前に探るようにしている。アラフィフの就活は、20代学卒で初めて就職活動した当時と比べて、ただでさえ気力体力が衰えている。できる限り、無駄な時間と労力を省きたいのだ。


4月、5月は誕生日を迎える前に決めたいという焦りがあったので、案件を選ぶ際に、どうしても目先のことばかり見てしまっていた。今は、ゆったりと俯瞰的な目で見て、考えるようになった。転職活動について、あまり予備知識や準備なしにスタートさせてしまったことも反省している。50代以降の就職活動に対して、希望していた業界や就活戦略、マッチングサイトやエージェント等についても不勉強であったことと、また、その先の人生、つまり、仕事以外の部分で、自分自身がどうしたいのか?を十分に掘り下げきれていなかった。いや、掘り下げていたつもりではあるのだけれど、【仕事+50代以降の自分の人生】としてセットで見たときに、上手く繋げて考えることができていなかったというべきか。だから、肝心な「自分がどうしたいのか?」が、少しぼやけて見えなくなってしまったのだろう。

18年以上、自分のことは後回しにして、何よりも家族のことを優先させて生きてきた。妊娠した途端に体調も優れず、ほぼ出産までの大半を寝て過ごすことになり、出産してからは海外出張が多く不在がちな夫は頼れず孤軍奮闘な育児だった。海外転勤に帯同し、大変な作業を経て引っ越し、言語も文化も何もかも異なる現地生活に適応して、幼い子供を守りながら生きるだけで精一杯。戻ってくるときは、また同じ大変な引っ越し作業を繰り返し。(海外引越は、引っ越し後も航空・船便で遅れて届く家具やら破損の手続き、子供の転校後の適応問題、あらゆる面で国内のそれと比較して何倍も大変なのだ。)子供が日本での生活と学校に早く馴染めるよう心を砕きながら、そのまま中学受験へ突入。無事、第一希望の私立中学に入学させてから卒業までの6年間は、本当にあっという間に過ぎ去った。そして、コロナ禍、緊急事態宣言真っ只中での大学受験...。献身的なサポートを経て、第一希望の大学・学部へ合格。4月、晴れて娘は大学生となった。ーー18年間、家族を全力でサポートしてきた。あらためて、そう思う。

その一方で、その時々形を変えて、限られた条件下で「今できること」に真面目に取り組んできた。不器用な私は、就職活動をしようという気も起きないほど、目の前の仕事と育児、家庭の諸々に手いっぱいの日々を過ごしてきた。知らずに、「私がどうしたい」なんて私欲よりも、家族を優先して自分を後回しにする生活にすっかり慣れてしまっていた。(そして、それでもどうにかなることも既に知っているし、十二分に幸せな人生を生きてきたと断言できる。)

それゆえに、子育ての時間的制約からやっと解放されて自由になった今、これまで抑えられていた分、とにかく、がっつりと「社会にコミットしたい」という気持ちが強すぎたのかもしれないなとも思う。フルタイムでの派遣、正社員にこだわり過ぎていたかもしれない。家族のことや諸条件を気にして、本来の自分の欲求、仕事への希望と方向性を見失い、張り切り過ぎていた気もする。20代の転職活動とは異なり、50代は人生をリスタートさせる時期だというのに...。改めてそのことを思い出してから、ちょっと違う視点で仕事を眺めるようになった。

幸い、これまでと変わらず、今すぐ私が正社員・フルタイムで働かずとも生活できるありがたい身分ではある。それでも今は、子供の高校卒業と同時に「子育て」からほぼ卒業した今の私は、我が子が産まれる以前の自分のように、自分自身のために働きたい。だからこそ、これからの生き方と働き方について、有耶無耶でなくもう一度、じっくりと考えて過ごす必要がある。「このあたりで、ギアチェンジをしてもいいんじゃない?」と。もう一人の自分の小さな声が、頭の片隅で呟くのが聞こえる。今は、その声によく耳を傾けていきたい。


最近、一つ感動する出来事があった。なんてことない、小さな出来事だけれど。

新しく登録した派遣会社は、40代・50代以降の事務職案件も多く扱っていて、中高年の就業に力を入れている。ちょっと珍しい。そこのコーディネーター女性(おそらく同世代)と登録のために電話で話しをした。私の希望していた業界(出版ではなく)の求人が昔と比べて減っていること、そこに加えてコロナ禍により全体的に著しく落ち込んでいること。倍率が50倍等、求人に対して皆が仕事を求めて殺到していることなど、現状を丁寧に話してくれた。私の状況を踏まえて、「私見ですが」と控えめながら、アドバイスも丁寧に付け加える。

私は過去に営業職の経験もあるし、この10年間は様々な人物のインタビュー取材をこなしてきたので、人の話し声のトーン、表情に非常に敏感である。たとえ電話でも、声と話し方を聞いただけで、その人の心の動き、ときには見えていない相手の顔の表情、動作までが、ありありと分かってしまう。

たとえば、仕事の紹介案件が面談に至らなかったときに、担当コーディネーター、営業マンが「残念ながら…申し訳ありません」と電話をしてくる。丁寧な言葉遣いに、申し訳なさを滲ませて謝っても、机に肘をついていたり、頭を下げていない、心から残念だと思っていない場合などは、そんな動作や感情はお見通しだ。(そんなときは、私はむしろ、心を込めてとても丁寧にお礼の言葉を伝えるようにしている。面白いのは、その直後、動揺した相手がビジネスモードから素に戻り、真に心がこもった言葉に変化した瞬間が見えた時だ。)

先日の電話のコーディネーター女性は、彼女自身も派遣社員である確率が高いだろう。しかし、それでも立場に関係なく真摯に私の話を聞き、つたなくても精いっぱい誠実に応えているのが電話を通じて伝わってきた。何より、コーディネーターや営業担当者の「人柄」がそのまま伝わってきたのは、この2か月間の就活で初めてだった。適当に事務的に伝えても変わらない仕事を、彼女は誠心誠意、真心を込めて一つ一つ対応しているにちがいない。

私も心を込めて「ありがとう」の言葉を伝えてから、静かに電話を切った。そういう働き方、仕事をしたいと思っていたことを、思い出した。





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