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ポプリとポトス
やっかいなものをもらった。
「なんか元気ないなって思ったから〜、これあげる!」
そう言って彼女は僕に植物をよこしてきた。
「癒やされるかなって!」
植物なんて部屋に置いたこともなければ、育てたことだってない。
僕ははっきり言って植物が嫌いだった。
嫌いというか、変わっていくものというのが苦手だ。
日の当たり方や自分の水のやり方によって枯れたり死んだりするというのが、責任を感じるし、嫌だ。そんな責任負いたくない。
自分だって1人で行きていくのに精一杯なのに、他の面倒なんて見れない。
それに誰かに頼りきって生きてる「それ」がなんとなく嫌だった。
頼ってというよりは人間が勝手に売り物にして値段を付けて、それを金を払って買う人間がいて、わざわざ水をやって育てるのだ。
意味がわからない。
「まぁまぁ。ポプリっていうんだって。育てやすいらしいから、いけるいける!」
彼女は半ば強引に僕に「それ」を押し付けてきた。
ついさっき買ってきたであろうその袋には小さな鉢植えと、安っぽいスプレーボトルが入っている。
「いや、ホントに、嫌っていうか得意じゃないんだって。」
「大丈夫だよ。水入れも買っといたから。それで水あげるだけだよ。」
「毎日なんて絶対忘れる。」
「毎日あげなくてもいいんじゃない?何日かに一回で平気だよきっと。」
「枯らしても知らないからな。」
「私は全然気にしないから、大丈夫!」
なんて強引かつ、無責任なんだ。
自然の中で生きていれば、日々雨が降って日が差して普通に生きていられたかもしれないのに。
あるいはあの彼女に買われて僕のところになんか来なければ、どっかの隠居したじいちゃんとかが、鉢植えや庭先なんかで大切に育ててくれたかもしれないのに。
庭に植えるようなものなのかすら知らないけど。
家に着いて窓のそばに置いた「それ」に、お前も不憫だな、頼むから僕を恨まないでくれよ、と心の中で言った。
案の定僕は「それ」のことなんて一切気にかけず、いつも通りの生活を送っていた。
たまにふと思い出した時には一緒に入っていたスプレーボトルに水を入れ、気まぐれに吹きかけてみたりしたものの、毎日なんてできるわけがなかった。
「それ」は、あまり日の入らない部屋の中で、ちょっと光が指す方へ葉を傾けるようにして懸命に顔を向けていたが、ある日ふと見ると、下の方に茶色くなって枯れてしまった小さな葉が何枚か落ちていた。
ほら、やっぱり。
僕はため息をつきながらも、そこにそのまま枯れた葉があるのはなんとなくいたたまれない気持ちになるのと、水をやるのに邪魔になる気がして、落ちた葉を鉢から取り除いた。
そして少し罪滅ぼしのような気持ちで、いつもより多めに水をやった。
手に残るかさり、という水々しさのない小さくなってしまった葉。
だから嫌だったんだ。
落ちてしまった茶色い葉は取り除いてみたものの、なんだか最初に見た頃よりも生きている緑の葉の部分に黄色くなった部分が目立つ気がする。
これは、そういう品種なのだろうか。
それとも何かが足りていなくて黄色になってしまったのだろうか。
よくわからないが、とりあえず僕は水をやるしかなかった。
それしか「それ」にやってやれることを知らない。
いちいち窓のところに行くのが億劫だと思い、僕は部屋の真ん中のローテーブルの片隅に鉢とスプレーを移動させた。
次の日の朝、ぼーっとテレビを見ながらふとテーブルに目をやると、昨日黄色だった葉は、綺麗な青々しい緑に変わっていた。
「おぉー」
思わず1人、声を漏らす。
良かった、そうか、やはり水が足りなかったのかもしれない。
何が正解かはわからないけど、葉が緑色になった「それ」は昨日よりもなんとなく生き生きとして見えた。
ローテーブルに置くようになってから僕は、自分が食事をするタイミングで水をやるようになった。
1日3食きっちり家で食べることはまずない。大概1日1食か、多くて2食だ。
僕は自分の箸を持つ前に、シュッシュッと「それ」に水を与えるのがいつの間にか癖になった。
一緒に食事をするかのように。
しばらくすると、なんとなく葉の一枚一枚を見ていると水が足りているかどうかくらいはわかるようになってきた。
するとそのうち茎がぐんぐんと伸びてきて、このまま鉢に入っているとこいつはどうなっていくのか少し心配になって、初めてネットでこいつについて調べてみた。
別に愛着が湧いたわけじゃない。どんどん鉢から溢れ出して、家のカーテンレールにでも巻き付かれては困る。
どうやらこいつはポトスというらしかった。
くれた彼女はポプリとか言っていたが、ポプリを調べてみると、もはや全部枯れ終わったドライフラワーのような植物の画像しか出てこなかった。
どこまでもいい加減だな、なんて思う。
そしてこいつの名前がポトスとわかった他にも色々なことがわかった。
春先から秋頃までは多湿を好み、冬は土を乾燥気味にした方がいいこと、葉に霧吹きをかけたり、濡れたティッシュで葉を拭いてあげた方がいいこと。
今までなんとなく土のところに水をやっていただけだったが、葉自体に水を吹きかけてしかも拭くなんて知りもしなかった。
彼女が一緒に渡してきたスプレーは一直線に水が出るタイプで、霧吹きのようには使えそうにない。
明日、100円ショップでも見に行くか。
なんか、適当にそれなりのものがあるだろう。
どうせなら、鉢植えもこんなダサい柄の狭そうなやつからもう少しまともなものに変えてやりたい。
そういえば肥料をやってもいいと書いてあった。
いっそ100円ショップじゃなく、近くのホームセンターに行った方が一気に色々手に入るだろうか。
園芸コーナーの人に聞けば色々教えてくれるかもしれない。
もっと大きくなったら鉢を分けたりしてやった方がいいのかも聞きたい。
そう思ってから、僕はまたため息をついた。
くそ...だから嫌だったんだ。
ポトスが青々と揺れ、こちらを見ている。
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