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雨の音と、ホットワイン。
雨が降るとなぜか少しだけ憂鬱になる日がある。
雨の匂いも、しとしと降る音もそんなに嫌いじゃないのに、どこからか現れた不思議な「寂しい」は寒さのせいだろうか。
冷たいキッチンに立ち、手をこすりあわせながらぼーっと眺める。
お腹が空いてるわけでもないけど、何か。
かと言って何か飲みたいわけでもないんだけど、何か。
いつからあるかわからない赤ワインが目についた。
滅多にお酒を飲まないわたしは自分で買うはずもなく、そんなだから減るはずもない。
もっと言うと一度開けてしまったワインがどれくらい持つのかも、味がどれくらい変わってしまったかすらわからない。
寂しいが手伝ったのか、ふいにわたしはそのボトルを手に取った。
耐熱ガラスのラウンドマグに半分ほど、それを入れてみる。
深い赤色が透明なマグに注がれ揺れる。
寒かったことと、なんにも知らないくせに、なんとなく温かい方が飲みやすいんじゃないかなんて思ってカップを電子レンジに入れ、スタートボタンを押したところで、電話が鳴った。
「久しぶり。何してたの?」
「久しぶり過ぎるよ。」
「ごめんね。なかなか連絡できなくて。」
電話の向こうから申し訳なさそうな声が聞こえて、いつもの困った時に片眉だけ下がる苦笑いのような顔を思い浮かべる。
チン
静かな部屋に電子レンジの音が響いた。
「何か聞こえた。料理でもしてたの?」
「ううん、ワイン。あっためてみた。」
「珍しいね。この前置いていったやつ?」
「そう。だからもう、おいしくないかも。」
「多分大丈夫だよ、空気を抜いてたから。ストッパーの栓がついてたでしょ?」
電話を耳と肩で抑えながら、電子レンジからカップを取り出す。
「あつっ」
そのまま一口すすってみて、ほんのちょっと唇を浸しただけで、少し温め過ぎたことがわかった。
上唇を舐める。
「大丈夫?」
「うん。」
「ワイン、おいしい?」
「うーん。おいしくない。苦い。」
「はは。あれ、入れたらいいんじゃない?蜂蜜あったでしょ。」
そう言われて、冷蔵庫の片隅から結晶化してしまった蜂蜜を取り出した。
スプーンでしゃりしゃりとすくい、そのままカップにスプーンごと落としてくるくると何度か回す。
足を抱えるような形でソファに座って、肘かけに置いた電話をスピーカーにした。
だんだんと飲みやすい温度になって、ほどよい甘さが広がってきたワインに口をつける。
「うん、これなら飲めそうかも。」
「そう?よかった。全部開けてもいいんだよ。」
「そんなに飲めないよ。」
「ははは、そっか。」
「そんなに飲めないし、ストッパーも使えないから。...だから早くおいでよ。ワイン、まずくなっちゃうよ。」
「そっか。それは大変だ。」
しとしとと降る雨。ゆっくりと喋る声。
電話の向こうから雨の音は聞こえない。
結晶化する蜂蜜。
酸化していくワイン。
ねぇ、早くおいでよ。
ずっと同じまま、変わらないものなんてないんだよ。
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