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【風呂酒日和148-2】 市の川(いちのかわ)

【風呂酒日和(フロサケびより)】
どこかで銭湯を見つけると、つい寄り道したくなる。
銭湯から出ると、つい一杯飲みたくなる。
そんな私がふらりと立ち寄った、心と体とお腹を満たす、銭湯と居酒屋をまとめたマガジン。


うーん...
なーい!駅前までに見事に店がない。こりゃここには住めないな...(銭湯に行くまでは住みやすそうとか言ってたくせに)
行きに気になっていたところは21時閉店。サウナも満喫してただいまの時間はちょうど21時過ぎくらい。お客さんはいたようだったが、勇気がなくて「まだ入れますか?」とは聞けなかった。

にしても、他に店は一向に見当たらない。ここはどうやらすやすやタウンのようですね...。隣駅まで歩くかぁと思いながらとりあえず駅の方に戻っていると小さな赤提灯を発見。
おぉ…希望の光発見。これはきっと酒の神のお導きであろう。ここにしましょう。


カラカラと扉を開けると店内にはカウンター席に常連さんと思わしきおじさんが1人。厨房のハチマキをした店主に「1人です」と言うと「どうぞ」と静かに返事が返ってきた。

席に着席。おぉ...これは、なかなか。
かーなーりー年季が入っている。なんかハードボイルドな昔の映画とかに出てきそうだなぁという感じの昭和感。(ハードボイルドの使い方間違ってるかもだが)

「飲み物は、うしろね」

そう言われて後ろを振り返り、瓶ビール注文。
スポンとすばやくこなれた手つきで栓を抜き、カウンター越しに渡されたのはアサヒ。

さて、何食べようかな。
厨房の奥にあるホワイトボードは直に書かれていたり紙が貼られていたりするのだが、紙も壁も色褪せていて長いことここのメニューとして君臨しているのだなぁというのがわかる。
枝豆、とん平焼き、とり皮ポン酢、ナスピーマン炒め、餃子にレバーフライ、みそきゅー。このあたりが古くからいるメンツだろうか。
新しく貼られたと思われる紙には豚冷しゃぶやジャーマンポテト、いか唐などがある。お、山芋とろろ焼き、いいね。まずはそれから始めよう。


ビールをちょびちょび飲みながらじゅわーと何かを炒めている音を聞く。多分常連さんのおつまみだ。テーブルにはお酒のボトルと2リットルの烏龍茶がどごんと置かれている。

「はい」

素早く現れたのをチラ見したけどなんだろう、わからなかった。ジャーマンポテト?かな。おいもとソーセージっぽいものが見えた気がする。

続いて私のとろろ焼きを作ってくれているのだと思われる。
淡々と静かに作業をこなす店主に常連さんがたまに話しかけている。話題は店内で流れていたテレビの話。オリンピックの名場面集的な番組だ。

「はい、どうぞ」

わー山芋焼きが来た。
グラタン皿に平たくなったとろろが広がっていて、青のりとおかか、マヨが乗っててうまそう。さっそく一口。ついてきた大きめのカレースプーンでぱくり。

ほふぅ、うんまい。安心のとろろ。
うん、この量ならもう一品いけそう。気になるのは厚揚げネギみそ焼き、いか唐、ニラ玉もちょっと惹かれる。
長芋キムチ、山芋サラダも食べたいけど「コイツ、山芋ばっか食べるやん」ってなっちゃうからなぁと考える。
どのメニューも値段はほぼ400円以下というとんでもない価格帯。唯一400円以上なのはサバ焼きだが、と言っても420円。焼きそばすら380円だ。

ん...?焼きそば、いいなぁ。食べたいかも。なんだか妙に惹かれる。
実は結構お腹が減っているのだろうか。いか唐か焼きそばだな。でも焼きそばだととろろ焼きもソース味のマヨ+おかかだし、同じ感じになるかしら...。
うーんいか唐、焼きそば、いか唐、焼きそば…
悩みながらも店主と常連さんの会話が途切れたタイミングですいませんと声をかける。

「えーと...焼きそばください」

決めずに呼んだが、最終的に私の口から出たのは焼きそばだった。そうか、じゃあ焼きそばなんだなきっと。
同じような味でもいいじゃない。ソース焼きそば大好きだし。
今日は暑いし、夏祭りの夜に出店の焼きそばを買うような気分で。っていうか値段もほぼお祭りのそれ。なんなら今時のお祭りだと出店の方がいい値段するかもしれない。


「マスター、後楽園に競輪場があったの知ってる?」

「あぁ、知ってるよ。東京ドームのとこでしょ?」

常連さんがオリンピック番組の競輪の話題を見ながら聞くと、店主は当然という感じで答えながら厨房の奥に入っていった。炒め物をするガス台は奥にあるっぽい。

なるほど、東京ドームって元々競輪場だったんだ。
そしてここは「マスター」呼びなのね。お店の雰囲気的にあまり横文字っぽい感じはしないが、まぁでもマスターって言いやすくていいよね。
大将ほど大袈裟じゃないというかどっしり系じゃなくて、でもなんか親近感もあってちょうどいいのかもしれない。

店主、店長、大将、おやっさん、マスター。呼び方が色々あっていつも書く時に悩むので、私も今度からマスター呼びに統一しようかしら。前々から思っていたが「店主」と書くのはちょっと距離感があるというか、若干失礼な気がしなくもない。
お店の人ってなんて呼ばれるのがよいのでしょうか。バーはマスターだろうけど、居酒屋さんだとなんだろう。

「はい、どうぞ」

いつの間にか奥の厨房からカウンターの方に回ってきてくれていたマスター。後ろからすっと焼きそばが現れた。
マスターは「お客さんはこの辺?」とかそんな会話は一切せず、淡々とおつまみを作る物静かなタイプだ。

到着した焼きそばは期待通りの焼きそば。
たっぷりの青のりとおかか、細かく刻まれた紅生姜が添えられている。キャベツ、ピーマン、にんじん、玉ねぎ、豚肉。スタメン勢揃い。そして湯気と共に立ちのぼるソースのいい香り。お祭りだ!パキーンと勢いよく箸を割ってぱくり。

ぬはー!これ!これなのよ。
にんじんには若干焼き目がついていて、玉ねぎは透明でしんなり、でもピーマンはシャキシャキ。野菜がそれぞれいちばんいい状態で入ってるところにマスターのさりげない技を感じる。


引き続きテレビを見ながらぽつぼつ話す常連のおじさんとマスター。テレビの音も小さめで、2人ともガハハ!と笑うこともなく冷蔵庫の音がちょっと聞こえるくらいのこのしっぽり感がいい。

焼きそばととろろ焼き、瓶ビールで多分まだ1000円ちょっとくらいしかかかってない。すごすぎん...?もうちょっと貢献しなければ...というのを言い訳にハイボールを頼む。
焼きそばは最初の方に麺をモリモリ食べて、ハイボールが来る頃にはちょうど具材をおつまみとしてちまちま食べるくらいの量になった。計画通り。

オリンピックからのつながりでテレビはゆずの特集に。栄光の架け橋が流れている。

「アヤパンは好きだけど、俺アイツはあんまりだなぁ」

「あやぱん…?」

常連さんがゆずを見ながら言ったボヤきに対して、マスターが返した"あやぱん...?"の言い方が完全に初めて聞くパンの種類みたいな反応でめっちゃ可愛い。
私も私でアヤパンはかろうじて知っていたものの、常連さんの今のコメントを聞いて、会話の流れからゆずのどちらかの奥さんなのかな?と想像する。
そうだったんだ。知りませんでした。"アイツ"はどっちだろう。


しばらくして常連さんが帰り、入れ替わるように2人組のおじさんが入店。
「あぁ、さっきまでいたのに」なんてマスターが話しているあたり、先ほどの常連さんとも顔見知りなのだろう。新しく入ってきた常連さんたちも静かな雰囲気でとってもよい。なんか、同じ空気感の人たちという感じがする。

うん、ここ好きだな。
正直、綺麗なわけではない。ちょっと無理かもな人もいると思う。でも私はここ、好きです。
そして、ここはそんな人たちが集まる店なんだと思う。人もそれぞれ、店もそれぞれ。それでいい。


ハイボールを飲み終えてお会計。
マスターは「ありがとうございました」と言いながら、新たな常連さんたちのジャーマンポテトを作りに厨房の奥に入っていった。ジャーマンポテト、人気なのかしら。
見えなくなったマスターに聞こえるようにいつもよりも大きな声で「ごちそうさまでしたー!」と言う。

厨房ののれんに向かって声を張る私に、常連さんたちがぺこりとお辞儀をしてくれたので私もご挨拶。

「おやすみなさい」

「市の川、よろしくお願いします」

マスターの代わりに挨拶してくれる常連さんたち。

「おいしかったです。...と、よろしくお伝えください(笑)」

「はは、はーい。気をつけて」

そんな会話を交わして私はお店を出た。
今のやりとり、かなり好きなのだが。やっぱりここ、いいね。

【市の川】
住所: 〒114-0002 東京都北区王子5-10-5
電話: 090-6003-1558
アクセス:東京メトロ南北線「王子神谷」駅下車、徒歩1分


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