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短編

21
初めて書いた短編小説
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#恋愛

泣いたって始まらないのに18

泣いたって始まらないのに18

 由美はお店を出ると、足早に駅へ向かった。
急いでいる訳ではないのに、足が勝手に動いてしまう。
鼓動がすれ違う人にも聞こえそうなほど高鳴っている。
 爽子の旬を見る目を……
そして旬の指先が爽子の頬に……
あぁ厭らしさなど微塵もない。
ふたりには日常のひとコマなんだね。
 でも、でも眩しくていたたまれなかった。
愛し合っているって凄いんだ。
わたしのまだ知らない世界。
わたしに訪れてくれるのか? 

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泣いたって始まらないのに16

泣いたって始まらないのに16

「由美はさ、あいつの何が今も心に突き刺さっている?」
「何がって……全部」
「全部?別れたこと自体も?」

「今は……その時言われた言葉だよ」
「言葉ねぇ。その言葉ってどんな意味があったのかな?あいつの勝手な言い分としか思いえないんだよね。私たち勉強したって言ったでしょ?あれ真面目な話しなんだよ。ふたりで本、雑誌を読みまくり、調べまくり〜映画だって見たよ〜あらゆる方面から研究したんだ」
由美は思わ

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泣いたって始まらないのに15

泣いたって始まらないのに15

「その前にさぁ、由美は今までのわたしの話しを聞いてどう思った?」
「わたしにとってふたりは、少し眩しい存在なんだよね。全てを判り合っている感じがさ。そりゃ全ては大袈裟だとは思うけど、そう思えちゃうの」
「うーん分かり合っているかぁ?
実は分かり合う事を楽しんでいる
のかな。わたしね、旬と出逢えて幸せだと思う。大切なものにどう向き合うかちゃんと考える人だから。わたしより真面目なんだよ。
言いづらい事

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泣いたって始まらないのに14

泣いたって始まらないのに14

 由美は言葉を選びながら、
「ふたりは何年付き合っているんだっけ」
「もう五年になるね~ まぁ色々ありますよ、ってかさぁ。 核心つきなよ、わたしたちの仲なんだから」
爽子は由美の空になったグラスにお酒を作りながら言った。
「じゃぁ質問。爽子は旬君が初めての人って言ってたよね。旬君の方は?」
「ひとり、ふたりは経験あるって言ってたかな? わたしだって旬の前にキスぐらいした人はいたけどね。でもねぇ、恋

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泣いたって始まらないのに13

泣いたって始まらないのに13

 はるが料理を運んで来た。
「入りますね」
「はーい待ってました!」
爽子は襖を開けて、料理を受け取りながら、
「唐揚げ! おでん! 肉じゃが! ピーマンとナスの味噌炒め! ブロッコリーのお浸し! 生姜のかき揚げ! 凄い凄い! はるさん判ってらっしゃる~〆は生姜としめじの炊き込みご飯お願いしまーす。」
「了解。飲み物はどうする? 同じもので良かったら、これ差し入れ」
差し出されたお盆には、焼酎のボ

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泣いたって始まらないのに12

泣いたって始まらないのに12

 爽子はカウンター越しに注文すると、少し声のトーンを落とし、
「昨日由美何かありましたか?
今はだいぶん目の腫れ引いてるんだけど、朝は酷かったんですよ。
今から話してくれるとは言ってるけど、何か知っていたら教えてもらえると有り難いです」
はるは、昨夜の事をかい摘んで話した。
「大和の奴、駄目だなぁ、あいつは……でっ、かさぶたが剥がれたんだ」
一瞬爽の言葉が気にはな為ったが、ふたりで話すなら心配ない

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泣いたって始まらないのに11

泣いたって始まらないのに11

 由美は寒くて寒くて目が覚めた。
どのくらいそこに居たのだろうか。
 のろのろと立ち上がり、服を脱ぐぎ、熱いシャワーを頭から浴びた。
身体中をこれでもかこれでもかと洗い始めた。
止めたくても止まらない。
皮膚を剥ぎ取る事ができたら、
あの感触は消えるだろうか。
いや、いっそ秋之の記憶が消えてしまえば……
 前に映画で見た、消したい記憶だけ消せる記憶屋。
「消せるものなら消して……お願い!」
そう呟

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泣いたって始まらないのに10

泣いたって始まらないのに10

 池袋に到着し電車を降りた二人は、人波をやり過ごすようにホームの端に寄った。
「河田君は何口? 私は東口」
「僕は西口なんです。あっ!でも送らせてくだい」
 由美は車内での息苦しさが蘇えり、
「大丈夫だから、このくらいの時間は何でもないし。じゃぁここで。お疲れ様! 大学の方頑張って!」
由美は軽く手を振りながら、どんどん階段をを降りて行った。
 大和は一瞬呆気にとられたが、すぐに由美を追いかけた。

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泣いたって始まらないのに9

泣いたって始まらないのに9

 ふたりは当たり障りのない話しをていたが、大和が三杯目を飲み終えたところで、由美は携帯を手に取り、
「あら、もう11時過ぎてるよ。
帰ろう! 帰ろう!河田君! おトイレ大丈夫?」
言った後由美は思わず口を押さえた。
「あっ! ごめん。ビール飲んでたからつい……」
大和は一瞬首をかしげるが、
「あぁー行ってきまーす」
とゲラゲラ笑いながら出て行った。  
 由美も苦笑しながら会計を済ませに部屋を出た

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泣いたって始まらないのに8

泣いたって始まらないのに8

「ねぇ、ちょっと飲もうかぁ?」
由美は気まずい雰囲気を変えようと少し戯けた調子で誘った。
「いいですねぇ、ちょっとでいいんですか? 笹山さんは?」
大和は、由美がアルコールに強い事を事務所の人間から聞いて知っていたのだ。
由美は一瞬驚いたが、
「私強いんで、ペースについて来られるかな?」
と胸を叩いて見せた。
大和はその仕草が可愛くて、思わず目を細めて笑ってしまった。
 そんな大和の様子には気がつ

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泣いたって始まらないのに6

泣いたって始まらないのに6

 大和は静かな声で話し始めた。
「僕一目惚れなんです。バイト初日にです。短髪、細見、笑顔が可愛い、優しい声。まさかまさかでした。運命だって思いました。大袈裟じゃないんです! いつも笹山さんを見てました。見てるだけで嬉しくなっちゃって。でもある時気づいたんです。この人笑えないんだって。いつも心が泣いてるんだって。そしたら、もうどうしようもなく苦しくなって、僕がなんとしたいって、言う気持ちがデカくなっ

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泣いたって始まらないのに7

泣いたって始まらないのに7

「河田君にとってセックスって何?どんな意味あるの?」
大和は一瞬絶句した。
由美があまりにも平然と言い放つその言葉には、由美の怒り悲しみを感じて、喉が詰まってしまったのだ。
 大和は、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「セックスですか……僕も男?いや
男女は関係ないな。命あるものは
それぞれのやり方で、子孫を残す為の行為をします。それが本能です。ただ人間はそれ以外の楽しみ方を覚えてしまい、そ

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泣いたって始まらないのに5

泣いたって始まらないのに5

 張り詰めた空気の中、ほぼ同時に食べ終えたふたり。
「ご馳走さまでした」
と大和が小さく呟き、ふたりの膳を入口近くに置いた。
「あっ 有難う。美味しかった?」
大和は笑顔で、
「とっても美味かったです。美味しいもの食べるって幸せです」
「本当! 幸せ感じるわぁ」
由美も自然に頬が緩んだ。

「お茶飲む?」
「はい、頂きます」
由美はお茶を入れながら、
「河田君……さっきの話ね、気持ちは嬉しいけど、

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泣いたって始まらないのに4

泣いたって始まらないのに4

「はるさん、こんばんは!」
由美はカウンターの中にいる女性に声をかけた。
「いらっしゃい! 由美ちゃん奥にどうぞ。お連れさんは初めてね、はるです」
年の頃は六十才ぐらいだろうか。
笑顔が魅力的な女性だ。
大和はそんなことを思いながら、深々と頭を下げ由美の後について奥の座敷へ上がった。 
 由美はハンガーを大和に渡し、自分もコートをハンガーに掛けると、そそくさと掘りごたつに足を入れた。
 大和も由美

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