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泣いたって始まらないのに8

「ねぇ、ちょっと飲もうかぁ?」
由美は気まずい雰囲気を変えようと少し戯けた調子で誘った。
「いいですねぇ、ちょっとでいいんですか? 笹山さんは?」
大和は、由美がアルコールに強い事を事務所の人間から聞いて知っていたのだ。
由美は一瞬驚いたが、
「私強いんで、ペースについて来られるかな?」
と胸を叩いて見せた。
大和はその仕草が可愛くて、思わず目を細めて笑ってしまった。
 そんな大和の様子には気がつかず、由美は襖を開けはるに声をかけた。
はるは、すぐに顔を出すと、
「はーい お話し済んだんですね? じゃぁアルコール入れますか?」
にっこり笑って大和の方を見た。
目が合うと、大和は頭を掻きながら、
「済んだ事は済みました。今日二度告白しましたが、断わられました。でも僕は諦めません。好きな気持ちはそう簡単に変われませんから。笹山さんいいですか?」
由美はそれを聞いて、眉間にシワを寄せたが、
「はるさん!私熱燗お願いします。でっ、トイレ行ってきまーす」
と戯けながら部屋を出て行ってしまった。
「熱燗が嬉しい季節だものね! いってらっしゃ~い。ごゆっくり! さてと、河田さんはなに飲まれますか?」
「僕は日本酒が苦手なんで……生ビールの中にします」
「承知しました」
とはるは軽く会釈をし、襖に手をかけたが思い直したように振り返った。
「由美ちゃんの話しどうでした?
単純な別れ話ではないから、聞いている方もしんどかったでしょう?」
「いや……一番辛いのは笹山さんですから。でも、もっと好きになりました。笹山さんが聞いたら怒ると思いますが」
「由美ちゃんは硬くなに愛する事も、愛される事も拒んでいるけれど、いつまでもその気持が、変わらないなんてことはないと思うから。由美ちゃんを好きでいるのは、誰にも止めることはできません。河田さんのその想いは大事にして欲しいです。ただその気持ちを、今由美ちゃんに押し付けると、彼女は逃げる事しか考えないと思んです。傷ついた心が本当に泣き出すのは、現実として起こった事への虚無感に囚われた時、そこから抜け出す事ができるまで心は見動き取れず泣き続けるのかなって思うの。どんな理由があったにせよ酷いって思います。恋愛が恐怖って悲しすぎますよ。そんな人生あっちゃ為らない!そんな事は人がどうこう出来る問題じゃないですよね。ただ、そんな由美ちゃんを好きでいたら、河田さんも気持ちのやり場に困って辛くなるときが必ずきます。その時は自分を追い詰めないこと。誰かに力を借りてください。差し出がましくて、気分を害したらごめんなさいね。でも、由美ちゃんは娘みたいに大事なの」
「とんでも無いです。これから色々相談に乗って頂けますか? ご迷惑でなければ……」
大和は座り直して頭を下げた。
「迷惑なんて、いつでも遊びに来てくださいね」
と言うとはるは部屋を後にした。
 少しして由美が戻って来た。
出て行く前より目が腫れているのを大和は見逃さなかった。
結局自分の我儘で由美に嫌な思いをさせてしまったのに、一生懸命笑ってくれる由美がたまらなく愛おしく思えた。
「由美ちゃんお願いしていい?」
はるが襖を開けながら声をかけた。
「了解!」
由美は笑顔でお盆を受け取った。
「無理しないでね」
と耳打ちしてはるは襖を閉めた。

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