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泣いたって始まらないのに4

「はるさん、こんばんは!」
由美はカウンターの中にいる女性に声をかけた。
「いらっしゃい! 由美ちゃん奥にどうぞ。お連れさんは初めてね、はるです」
年の頃は六十才ぐらいだろうか。
笑顔が魅力的な女性だ。
大和はそんなことを思いながら、深々と頭を下げ由美の後について奥の座敷へ上がった。 
 由美はハンガーを大和に渡し、自分もコートをハンガーに掛けると、そそくさと掘りごたつに足を入れた。
 大和も由美の真似をするように、炬燵に脚を入れた。
「足痺れなくて良かった! 掘り炬燵いいなぁ、僕初めてかも」
大和は嬉しそうに、しきりにひとり頷いている。
「もう、そんな時期になったんだねぇ」
そう言う由美に
「はい、あっと言う間に冬ですね」と相槌を打った。
「由美ちゃん、入るね」
はるが声をかけて襖を開けた。
「あらためて、いらっしゃいませ」
はるは丁寧にお辞儀をしてから、
「こちらは会社の後輩さん?」
「えっと後輩と言うか、アルバイトに来てくれている大学生の河田大和さん」
「はじめまして。河田大和です」
「こちらこそ宜しくお願い致します。由美ちゃんが、爽ちゃん以外のお友達連れて来るの初めてだから、ちょっとだけ驚いているんですよ」
それを聞いて大和はチラッと由美の方を見た。
由美は大和の視線に気付かずに「何かね、河田君が緊急で相談したいと事があるとかで、ゆっくり話せる所となると、ここかなぁと思って」
「そうなの? 由美ちゃん優しいものね、相談為やすいわよね」
思いっ切り頷いている大和を余所に、由美はメニューに見いっている。
「鯖の塩焼定食にきめた!河田君は?」
「僕は、肉……肉、生姜焼き定食お願い致します」
お酒は相談が一段落着いてからと言う事になった。
 はるが出て行くのを確認すると、由美は大和に声をかけた。
「さてと、相談って?」
「はぁ」
と言ったまま大和は顔を赤らめて俯いている。
 由美は大和の顔を覗き込みながら、暫く返事を待っていると、ゆっくり顔上げた大和は、意を決した様子で話し始めた。
「笹山さん、えっと……ぼ…僕は笹山さんが……好きです」
由美は大和の言った事が、すぐには理解できなかった。
「へぇっ?……好き?って誰を?……私?!」
由美は、大和の突然過ぎる告白に頭がついていかない。
大和は上擦りながら大声で、
「そうです!」
と答え思わず口を押さえた。
「いやいや急ぎの用って……このこと? あっのさぁ……」
大和は由美の言葉を遮るように喋り始めた。
「本当にすみません。でも僕には重大かつ緊急だったんです。明日から約ひと月大学に行かなくてはならなくて、バイトに来られない間に、もし笹山さんが誰かと付き合うとか結婚するとかあったら困ると言うか、この気持ち伝え損ねたら男として後悔すると思って」 
由美はこれまた大和の衝撃発言に言葉も出て来ない。
何か言わないと、何を言えば良いのか由美の頭の中はパニック状態。
やっと出てきた言葉は、
「誰とも付き合わないし、結婚もないから」
あれ?違う……何か言葉が抜け落ちてる。
そうだ…これだ!
由美は慌て言い直した。
「これからの私の人生はね、誰とも付き合わないの。だから結婚もない」
大和が何か言いかけた時、食事が運ばれてきた。
「とりあえず温かいうちに食べよう。話しその後」
ふたりは気まずい雰囲気の中で黙々と食べ始めた。

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