笑顔を忘れた少年 ~第三章 現実との狭間のなかで~
「ひなた先生! ひなた先生!!」
「……は、はい!!」僕を呼ぶ有須先生の大きな声にまた現実に引き戻された。
「大丈夫?」生徒たちが少しざわつくなか、サポートのため教室の後ろで心配そうに見つめる有須先生が僕に声をかけてきた。
「すみません、大丈夫です!」ハッとした僕は申し訳なさそうにそう答えると、あたふたと出席簿を開き「今日は初めてなので皆の顔を覚えるために、これから出席をとるときに呼ばれた人は返事をして手を挙げてもらえますか」と生徒たちにお願いした。
それから僕は生徒たちの名前を順番に呼びながら手を挙げる生徒の顔を一人一人確認していったが、そのうち返事が返ってこない生徒が一人現れた。
「なかじま あきらさん」
返事がないのでもう一度名前を呼んでみる。
「なかじま あきらさん」
やはり返事がない。
『休みかな?』そう思って教室をみまわしていると、
「先生、なかじま君ならここにいるよ!」
その声のするほうに目をやると、僕にさきほど冷たい視線でジッと睨みつけていた男子生徒の隣の席で女子生徒が手を挙げながら「なかじま君、返事しなよ」と小声でせっついていた。
しかし、その生徒は彼女からそっぽを向いたまま無視している。
そのとき僕はちらりと後ろにいる有須先生に目をやると有須先生が意味ありげに小さく頷いたので、僕はそのあと無理にその生徒に返事を求めるのをやめ、隣の女子生徒のほうに視線を戻すと名前を確認することにした。
「教えてくれてありがとう。君の名前は…」
「水月 瞳《みづきひとみ》」僕の言葉を遮るように女子生徒はすぐさま答えた。
「ありがとう。では、なかじまさん、水月さんも出席っと…
「なかじまさん、次からは返事してね」と言って僕は出席簿に丸をつけた。
その後、全員の出席をとり終わったあと、授業のほうはつつがなく進み、やがて授業の終わりをつげる終了の鐘がなったので、挨拶を終え廊下に出ると有須先生がこちらに近寄ってきた。
「お疲れさま」その笑顔を見て僕はホッと小さなため息をつきながら
「お疲れさまです。何とか無事に終わりました・・・」と答えた。
「じゃあ、職員室に戻りましょうか」
有須先生と二人並んで歩きはじめようとした瞬間、チラリと廊下の窓から教室の中を覗くと、周りに誰も寄せつけようとせず外をぼーっと見つめる先ほどの生徒の様子が目に飛び込んできた。
『あとで有須先生に詳しく聞いてみよう…』
僕はそう思いながら今度は遅れをとるまいと速足で有須先生の横に並ぼうとしたら、有須先生は「今度は急がなくても大丈夫よ」と笑いながら僕の歩くペースにあわせてゆっくり歩きながら言葉をつづけた。
「聞きたいことはわかってるわ…またあとでゆっくり話しましょう」
僕の考えを見透かすかのように有須先生はそう答えると「コラコラ、走らな~い!!」と駆け回る生徒たちを注意しはじめた。
その様子をみながら僕はまた自分の学生時代をぼんやり思い返していた…
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