笑顔を忘れた少年 ~第一章 出会い~
僕がその少年に出会ったのは忘れもしないちょうど今から15年前、母校の中学校の臨時教員として呼ばれたときだった。
出会い
久しぶりに訪れた母校は校舎もすっかり新しくなり、僕が通ってた当時の面影はどこにもなく少し寂しさを感じたが、生徒たちの「おはようございます!」という元気な声にそんな思いはすぐに吹き飛んだ。
職員室に着くと
「ひなた君!久しぶり!!
ずいぶん立派になって…」
大きな声で駆け寄ってきたのは元担任の有須《ありす》先生だった。
「有須先生、お久しぶりです。覚えてくださってたんですね!」
「分かるわよ!今日からよろしくね」
にっこり微笑むそのエクボは当時のままで、僕は一瞬タイムスリップしたような感覚にとらわれたが、「ひなた君、ほら、自己紹介!」という有須先生の大きな声に現実に引き戻された。
それから僕は少し緊張の面持ちで他の先生たちへの挨拶をすませたあと、簡単な申し送りを聞き、さっそく有須先生と一緒に担当する教室にむかうことになったが、職員室を出るまえに有須先生が急に立ち止まったので僕は思わずぶつかりそうになった。
すると有須先生は「ごめん!」と謝ったあと、いきなり早口で説明をはじめた。
「そうそう、今回担当してもらう2-A組なんだけど実はちょっと事情がある子が一人いるけど対応に気をつけてね。
でも、あなたなら大丈夫!じゃあ、行こうか!!」
『あいかわらず、せっかちなところは変わらないな…』僕は思わず苦笑いをしながら職員室を出て足早に先導する有須先生のあとを急いで追った。
それから廊下をしばらく歩き階段をあがると、今回担当する「2-A組」の教室が見えてきた。
『やばい、少し緊張してきたかも…』と思っていたら、そんな僕を見透かすように有須先生は僕のうしろにすっと回り
「あなたならできる!何かあったらわたしもサポートするから!!」と、僕の背中をポンと叩くやいなや僕が深呼吸する間もなく教室のドアをさっと開け、教室のなかにつかつかと入っていったので僕もあわててそのあとを追うように教室のなかに入った。
教室に入った瞬間、一斉に生徒たちの視線がこちらに集まり僕の緊張はピークに達しそうになったが、有須先生はそんな僕の様子もそしらぬ様子で、教壇にたつと生徒たちに挨拶をはじめた。
「みなさん、おはようございます!」
「おはようございます」生徒たちの元気な声がかえってきた。
有須先生はグルリと教室を見渡したあと、またいつもの早口で僕の紹介をはじめた。
「今日からさくら先生のかわりに教えてくれる、ひなた先生を紹介します。ひなた先生はわたしの教え子でもあるのよ、みんなよろしくね!!
じゃあ、ひなた先生、自己紹介よろしく!」
有須先生に手まねきで呼ばれた僕は少し『ゴクッ』と唾を飲み込んだあと教壇にあがろうとしたが、緊張のあまり思わず躓き転びそうになったので、その様子を見ていた生徒たちの間でドッと笑いがおきた。
その瞬間、僕の両頬も耳も真っ赤なりんごのように火照り、あまりの恥ずかさに顔を覆いたくなったが、子どもたちの間で笑いがおきたことで緊張が少し和らいだ気がした。
「みなさん、おはようございます。今日からこのクラスを担任することになった”ひなた”です。早くみんなのことも覚えていきたいと思っていますので、よろしくお願いします」
『ふ~っ、何とかうまく喋れた…』僕は心の中で安堵しながらゆっくりと教室を見渡していると、なにか凍てつくような空気を放つ視線を感じ思わずハッとした。その次の瞬間、僕はその視線を感じる方向に自然と引き寄せられていった。
ゆっくり向けた視線のその先には、さきほどの余韻ではしゃぐ生徒たちの間でポツンと座る無表情の一人の少年が眉一つ動かすことなく冷たい視線でジッとこちらを睨みつけていた。
『この生徒だ、間違いない…』
そう思った瞬間、僕は胸の奥でズキっとした鈍い痛みを感じた。その少年の冷たい瞳の奥には忘れかけていたもう一人の自分が静かに僕を見つめていた…
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