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#エモいってなんですか?〜心揺さぶられるnoteマガジン〜

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理屈ではなく何か感情がゆさぶられるそんなnoteたちを集めています。なんとなく涙を流したい夜、甘い時間を過ごしたい時そんなときに読んでいただきたいマガジンです。
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#エッセイ

『雨とビールと丸メガネ』 【ショートショート】

 雨音が動悸を加速させる。彼女に会うのは久しぶりで、少し早く着きすぎてしまった。傘を買うまでも無いか、と梅雨の雨脚を舐めすぎた。店に着くやいなや雨は激しさを増し、もうこの店を出させまいと、雨粒混じりの風が店の窓を勢いよく殴る。  「お一人様ですか?」  「いえ、後から一人くるのですが、大丈夫ですか?」  「はい、ご案内致します」  愛想のいい女性店員は若干濡れた私の髪や服を見て、  「ギリギリセーフでしたね」  と言ったが何のことかわからず、不思議そうな顔をしていると、  「

世界の片隅で見つけた美味しい月

ずっと月を眺めている。 今、自分が見ている月は数時間前には地球上の別の場所にいて、そして数時間後には別の場所に、満ちたり欠けたりしながら姿を現す。 北半球と南半球で三日月の欠け方が違うことを今まで気づかなかったなんて言ったら笑われるだろうか。 それぞれが見上げる月の下では、全く異なる時空の『今』が流れている。月を眺めている『今』は自分の今日であり、誰かの昨日であり、さらに誰かの明日でもある。 人は月を通して自分の中を覗く。そして、どこかに置き忘れていたものをふと思い出

つかまらないタクシー、六本木。13Fからの安っぽい夜景の秋

気づくと君が座ってたソファのはじっこを見てしまう、少し肌寒くなってきた朝。ベッドでふわふわの白い毛布にくるまったままの私は密やかにミントの息をしている。息していいの?頭の中の自分にときどきそんなことを聞いてみたりする。 返事こないって分かってるのにまたLINEしてしまった。誰にも読まれないメッセージが宙に消えていく。赤や黄色になった葉が地面の方へふわりふわりと舞うように、一個ずつバラバラに空中分解していく文字。 毎年秋はこうやって始まる。 スタバのチョコレートマロンフラペチ

あれが夢なら

夢の中で兄は小説家になった。自分の本業のお菓子屋の店舗の前において少しずつファンが付き、実際に書籍化までされたのである。 その売り方がすごかった。まず、お菓子を求めて買いに来るお客と、その小説を求めてやってくるお客は完璧に棲み分けされていた。お菓子を買いに来る人の手は、男女ともに細く、マニキュアを塗っている手など一つもなく、清潔感が染み付いたような白い白い手だった。逆に、小説を手に取るひとの手は浅黒かったり、大きな深い傷跡があったり、派手なネイルが指から3cm以上せりだして

感情のワンメーター

「割増」の灯るタクシーを停める。 タクシーに乗り込み、ふと考える。 運転手の隣に表示される料金メーターが、感情の解像度だとしたら。 メーターが上がるごとに、解像度が上がる。 解像度の数字が上がるというのは、ぼんやりとしていたものがはっきり見えるようになる、といったところだろうか。 粗かった画質が、どんどんと鮮明になるように。 抽象的だったものが、だんだんと具体的になるように。 詳しくはわからないが、そう定義する。 初乗りの420円から、感情は始まる。 腕時計を見る。 深

不格好なパン

2月下旬、新型コロナウィルスの流行を受け、日本国民全体が段々と外出を自粛し始めた。 休日にじっとしていることが苦手な私がまずしたことは、強力粉を買いに行くことだった。 映画を見たり、ラジオを聴いたりすることが好き。それでも何故か、それだけの休日には罪悪感を抱いてしまう。ゴロゴロしながらではなく、パンを捏ねながら映画を見れば、何となく満たされる気がしたのだ。 2月下旬。少しずつ、春の匂いを感じながらも、ヒートテックは手放せない。オーブンに発酵機能がついていることを知ら

雨の日|好きなものを好きというエッセイ

雨の日が好きだ。 雨が降っているのを家の中から見ているのが好き。しんとした家の中で、激しいはずなのに窓ガラスを一枚隔てただけでやさしく聞こえる、ざあざあと雨が降る音。 サーっと音を立てずに降る霧雨より、雨粒がしっかりしていて、ざあざあ降る雨の方が、わたしは好きだ。 * 子供のころ、お母さんと行く買い物はいつも車だった。スーパーにつくと、「すぐ帰ってくるから、まっててね」と、車でひとり待つことがほとんどだった。 すぐ車酔いをしてしまうわたしは、目的地につくまではうずうずと

「許すこと」が正解でなくてもいいだろう

クズ男に夢中だったあの頃、わたしは「いい女」になりたくて仕方がなかった。言われたこと、されたこと、ひとつひとつに一喜一憂しては、彼が惚れるに値する女になりたくて、彼のタイプになることだけを考えていたように思う。恋に傷ついた女というのは、夜になると昼間の何倍もめんどくさくなりがちで、それは理屈では説明ができないひとつの習性なのかもしれない。嫌なことがあったときこそ、早寝早起きをして三食きちんと食べることにしてはいるものの、ダメージを受けた直後に限っては順守してきたマイルールが通

現実とフィクションのあいだを甘い酒に繋いでもらうよるに。

きみが泣いているのを初めて見た。 正確には、音声通話なので「聞いた」なのだけれども。その光景は私の眼前にあり、それでいて触れることが叶わないくらい遠くだった。耳に押し込めたイヤフォンを、更にぎゅっと押し当てて、私は彼の小さな息遣いが、どうか聞こえるようにと願った。 頭の中で素早く計算する。日本の時間では、3時23分。彼は未だ眠っていなかった。最初に、短いけれど乱暴なほどに自棄な言葉の並んだテキストと、追いかけるように今度はやけに弱々しい言葉が並ぶ。こんなにへなへななきみは

何日後に死ぬヤギ

『100日後に死ぬワニ』という@yuukikikuchiさんの4コマ漫画をみんな楽しみに読んでると思う。いまや国民的連載だ。 それは言い過ぎだけど、僕の周りではけっこう読まれてる。 とくにすごい出来事が起こるわけじゃない。なんなら本当に100日後にワニが死ぬのかすらわからない。 100日後に死ぬとされてるけど、だからってワニは、残された命で特別なことしなくちゃと思ってるようにも見えない。ワニ本人は自分の命を知ってるのだろうか。たぶん知らない。 ある日のワニは、ただ道に

2011年3月24日に死んだ男の話

その人は 静かで穏やかな人だった その人は 黒縁の眼鏡をかけていた その人は まあそこそこ整った顔をしていた その人は 聡明で物知りだった その人は 日本や海外の文庫本を沢山持っていた その人は いろんなジャンルのレコードやCDも沢山持っていた その人は 一本のアコスティックギターを持っていた でも弾けなかったらしい その人は 自分の姉の娘を可愛がりいつも優しかった その人は 車を走らせ一度だけその娘を海まで連れて行ってくれた その人は 当時小学生だった娘のどうでもいい話をニ

キッチンの孤独と光

襖がぴしゃりと閉まる音は、すこし淋しく、物悲しい。向こうには人がいるというのに、地球の裏側くらいに遠く思える。でもどこか心地よく感じてしまう身勝手さを、真空パックのような静寂が後押ししていた。 昔、迫りくる朝から逃げるように夜更かしをした日もあった。でも今日はちがうんだ。 しんと静まり返ったリビングで、読みかけの文庫本を手にとった。 吉本ばななの『キッチン』。言わずと知れたベストセラーは、昨年末まで実家の本棚に眠っていた。15年前に一読してからずっと。 彼女の作品は、

【小説】悲しい色やね

瀬戸内の小さな漁師町、寂れた、といってもいいくらいの、場末のスナックの、ぼんやりとした照明に包まれた店内。 黒い大理石のテーブルに頬杖をついて、私は父のカラオケを聴いていた。 父は、歌が上手い。 教員同士のカラオケ大会ではいつも優勝し、どこからどう見てもしょうもないような賞品を、上機嫌でもらって帰ってきていた。 教え子の結婚式に呼ばれても、教師らしい、何か人生の深みのようなものがあるスピーチをするでもなく、ただ毎回のように長渕剛の「乾杯」をリクエストされていたらしい。 父は

淋しさからいちばん遠くで あなたと出逢えますように

「冬はね、どうしても淋しくなるんだ。これはね、僕の病気のひとつなんだけど誰もが理解してくれる、たったひとつの病気なんだよ。」 そう言いながら、彼は珈琲を口に運ぶ。なんてことはない、いつもの日常。広い構内の一角に設置された自販機に、残念ながら紅茶はなかった。 淋しさを持て余す。 独りで過ごす夜を、あと何度乗り切れば淋しさは無くなるのだろうか。そんな疑問を誰もが持ち合わせていながら、誰もが口にするのを躊躇う。答えが無いと知っているからか、答えをもう知っているからか。本を読み