上野 紗妃
小野さんとアワノ、そして私。 三人の人生と様々な出来事についての物語。
学園もの。自死したと伝えられる美少女園子にまつわる。謎めいたミステリーホラー。
小説『くちびるの誘惑』
ハードロック小説 レイとティナの恋愛音楽小説
長編小説『カエル男との旅』より抜粋したエピソードを取り揃えております。
水のある場所に来てみました 少し森の中に入ったところです 近くで滝の音が聞こえて 足元をさらさらと 綺麗な水が流れて行きます こういうのを清流と 言うのでしょうか それは 何の混じり気のない 透き通った純水でした ここら辺りまで来ますと 街中とは空気が違います 木漏れ日の中を 小鳥達が飛び交って 囀りの音を聴かせてくれます 木の香りと水の匂いが 深呼吸をするたび 身体の奥深くまで 吸い込まれて 清々しい気分になるのです 歩くたびにカサカサと 小さな草の葉音が 耳の朶にこ
前回の失敗を踏まえて、今度は前もって覚悟を決めて赤十字病院の門をくぐったの。月曜日の比較的忙しい時間帯だったわ。こちらの病院は市民病院とは違って何度か来たことがあるのよ。父が入院していたのもここだったから。 でもあれからもう十数年経ってて、多分あの頃いた人はほとんどいないんじゃないかな。守衛のおじさんも知らない人だったし、受付を見回してみても思い出せる顔など誰一人としていなかったわ。 一階ロビーの感じもこんなだったのかなと改めて見回して見たのよ。おそらくリフォームやら修
あの日は薫にそそのかされてすぐにでも市内の病院を回って、本当に星ナオヤ……、いいえ、アイツが入院しているのかどうかを確かめるつもりだった。けれどね、そう思いながら一日二日と経つうちに、そう簡単に調べられるかどうか不安を感じるようにもなっていたの。 でもね、昔、十年以上も前の話なのだけど、父親が入院していたときに、枯れ枝のようにでベッドに横たわる父の姿を見ているのが苦痛で、付き添い中に病室を抜け出してよく病院の中をうろついたりしてたのよ。 各病室の前にはそこに入院している
SNSにある星ナオヤという人のトップ画面を見つめながら私は暫し、固まってしまったわよ。 癌を患い……、余命宣告……、不良中年……、これらの文字が脳内にぐるぐると渦を巻いてまるでゲシュタルト崩壊を起こしたみたいになって、一瞬それらの文字が持つ意味を理解することができなくなってしまったの。 そこで一旦、携帯を裏返して落ち着きを取り戻そうと深呼吸したわ。何度も。 それで、だんだんと落ち着いて来て、まだそれがアイツだとは確定できないことに思い当たったの。私と同じ市に住み、同じ
SNSの"知り合いかも”に出て来た星ナオヤという人物が本当にアイツかどうか判らぬまま一週間近く私は放置してしまった。 その昔、高校生の頃付き合いのあったアイツが芸能界に入って、その名前でデビューしたという噂をクラス会か何かで一度聞いたことがある。だけど、それは本人から直接聞いた訳ではないし、その程度の名前、同姓同名だってたくさんあるだろうし、聞いた噂の真偽だって怪しいものだわ。実際にその後、そんなタレントなど私の知ってる限り誰もいなかったから。 星ナオヤなんてネームはも
前回お話した通り、ここから先は最近の出来事。アワノや小野さんと出会い、『MARS』という演劇サークルで二度とない日々を過ごしたことも、今はもう遠い想い出ね。あれから、つまりは大人になった私たちはそれぞれの道を歩んで来たの。お互い相手のことなど考えてる暇もないほど、いろんな出来事に出遭い、様々な事柄にぶつかって行ったのよ。 楽しいこともいっぱいあったけど、同時に辛いことや悲しいこともたくさんあってね、そんな年月をやり過ごしていつしか歳を重ねて行ったわ。 社会の理不尽さや傲
残暑、お見舞い申し上げます。 連載中の『黒髪を切る迄』は現在第14話まで進んでおります。 これまでは高校生活を舞台に私とアワノ、小野さんとの出会いからいろいろな出来事を過ごした。高三の一年間あまりをお話して来ました。 さて、この先ですが、卒業から30年経った最近のお話になります。再会と別れがまた私に訪れてしまいます。 内容的にはこれからがいよいよ主題めいて来ますが、これから何話続くかはまったく未定です。おそらく、今年いっぱいはかかるかも知れません。でも、急がずにこれ
冬は毎年来るけど、その年の冬は酷しく空虚な冬だった。高三のクラスには授業に出る生徒は少なくてね、空席の机と椅子が本来そこに座るべき主の存在を失った飼い犬のような顔をして冷えた空気を尚一層冷たく無機質な光沢を放っているような気がしたものよ。 空席の主は今頃どこか都会の大学をはしごして必死に受験する毎日だったと思うわ。就職が決まった者も企業の研修に参加しているのか、もしくはもう必要のなくなった学校生活というものに興味を失くして、駅前のゲームセンター辺りでもたむろしていたのかも
暮れも押し迫ったある日の夕方、突然アワノから私に電話があったの。訊くとちょっと頼みごとがあって、今近くの公園まで来てるというのよ。 何だろうと思いながら、手早く身支度を整えてコートを羽織って公園に向かったわ。家から通りを挟んでその向こう側にある小さな公園。住宅街に囲まれてはいるけど周囲に木立ちが立ち並んで少しの遊具、当然ベンチなどもあるわ。昼間は子供たちが駆け回る声で賑やかだけど、この時間帯はひっそりして空気はひんやりしてる。夕暮れの気配が忍び寄ると児童の遊び場はいつも別
『MARS』の公演が終わってしまうと、あっという間に年末になったわ。この地方では夏が過ぎれば直ぐに冬が始まるのよ。ハロウィン過ぎたらもうクリスマスみたいにね。 それに高三の二学期て忙しいことだらけなの。次から次へと試験があったり、進路相談や面談など、ほんとにメンドクサイったらありゃしない。まあもっとも美化委員の仕事が無くなった分だけマシだったんだけどねぇ。 その頃、私はもう地元の短大に行くって決めてて、すでに内定貰ってたから、余裕に身を任せてたんだけど、周りの人たちはそ
小高い丘の中腹にある小さな駅舎。近くにお嬢様学校と言われる学園があり、朝晩のホームはそこの女子生徒達で溢れかえる。 もうあれから九年の年月が経つ。生徒の顔ぶれは変わっているはずだが、漂う匂いや空気はあの頃のままだ。 当時高校三年生だった生徒が、この駅のホームから走って来た急行列車に飛び込み、命を落としている。一応、自殺ということで落着しているが、真相は未だ謎に包まれている。 鈴木園子。あれ以来、その名前を何度も胸中で呼びかけてみた。その度に、不可解なる苦しみを覚えて胸
〈あらすじ〉 広大な森の中腹に位置する私立白樺女子学園。その演劇部で異彩を放つ美少女・園子。彼女を主役とする演劇公演を生徒達は待ち焦がれていた。だがある夜事件が起こる。シナリオの手直しをしていた園子は帰宅するのが遅くなり、暮れかかる駅のホームの端で急行列車が通り過ぎるのを待っていた。その時、何者かに背中を押され線路に落ち、園子は死亡する。事故か自殺か判らない。やがて一年後、三年後にも同様の事件が起こる。だが、その度に何者かに足首を掴まれ難を逃れる。ミス研の翔子はその謎を解明
以前、連載していました『ソノコ、……。シリーズ』の最新作『九年後、サヤカ……。』が完成しましたのでアップしたいと思いますが、先ずはこれまでのソノコシリーズ全作をまとめて投稿致します。両作ともちょっと長めですが、よろしければお読みください。
文化祭当日のことを細かく描写してお伝えしたいとは思ってるのだけれど、あの日の私と言えば、何だか宙にふわふわ浮いてるような気分で、今となっては断片的な記憶がサーっと流れて行くだけで、どうにも順を追ってお話出来そうにないのよ。 とにかく『MARS』の演劇発表の成功を願うことだけで頭の中がいっぱいで、午前中、誰と何をして過ごしていたかなんて思い出せないし、ほら、文化祭て各クラスの出し物とかあって校舎中をたくさんの人が騒めいて行き来してるじゃない。とにかくそんな雑踏めいたところを
瑠美さんの一件が伝わる以前、順調に稽古を進めている部員達に対し、鳥山はこんなことを口にしていたの。 例えば稽古で百点を付けられる演技が出来たとしても本番の舞台になるとそれは八十点の出来にしかならない。何百人の観客を前にして本番の舞台に立つ時、稽古場での力をそのまま出せることは少ない。いいか、これからは常に自分が舞台で何百人もの観客を相手に芝居している、それを想定して稽古するんだ。本番の舞台で百点を目指したいなら、稽古場では百二十点を目指せ。そう言ったの。明らかに気持ちを引
『MARS』の演劇稽古はみんなますます身が入り出してね。順調というよりは円熟の域に達していたように思えたわ。夏休みの頃とは雲泥の差よ。稽古場の雰囲気もすっかり良くなってね。和気藹々とした中でも稽古になると全員が集中力を持って、一生懸命に取り組んでいたわ。 本番一ヶ月前くらいになると誰が作ったのか、『MARS旗揚げ公演まであと◯日』なんていう文言がホワイトボードに書かれて◯の中の数字が日毎に減って行くのよ。最初は30だったのが、29.28.27……、とカウントダウンして行く