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小説#04、良いシステムを広めたくない3つの理由

実体験にもとづく小説です。全文はこちらのマガジンから。


有名メーカーのお偉いさんからの障害報告が終わったあと、僕は動いているトラヒックモニタを実際に触らせてもらった。ネットワーク機器の設置場所を地図上でシンボル表示していて、高負荷になっている機器はシンボルが赤くなる。また、それぞれのシンボルをクリックすると、トラヒックデータがグラフになって表示される。

2020年の現在でいえば、tableauに代表されるGIS/BIに近いシステムで、ビックデータを準リアルタイムでグラフ表示していました。ラムダ・アーキテクチャなどが出てくる遥か以前より、それに近しいシステムが組まれていました。オーパーツです。
※ GIS : Geographic Information System, 地理情報システム
※ BI : Business Intelligence : ダッシュボードやレポートシステム

すこし触せてもらうと、操作性も視認性も素晴らしい。なるほど、こういうトラヒックモニタを見て輻輳判断や復旧確認などの業務をしているんだ。あれ?でもこのシステムって前の部署でも使えるんじゃないだろうか?

業務部門で仕事をしていたとき、こんな便利なシステムがあることはまったく知りもしなかった。このシステムを使えば、苦労していたあの仕事だったり、その仕事だったりが大きく改善できるじゃん。なにしろ、当時は、ネットワーク機器の場所を視覚化するため、紙の地図上に付箋紙を張っていたのだから。

そこでコンドル先輩に訊いてみる。

「これ、すごいシステムですね!思ったんですが、このシステム、僕の前の部署の人たちにもすごく有効だと思いますよ!」

すると、コンドル先輩は微妙な表情をした。
嬉しそうな反面、やや困った様子だ。

「業務部門の視点で意見が言えるのは良いね。だけど、むやみにユーザを広げると問題があるし、開発側から業務側に提案するのは変なイザコザが生まれるかもしれないね。」

ん?便利なシステムならみんなに使ってもらったほうがいいんじゃないの?なんで、一部の部門だけに利用を制限しているんだろう?それに、イザコザってなんのことだろう?

様々な疑問が生まれたが、勤務初日で先輩を質問攻めにするのもどうかとおもったので、一旦は納得したふりをする。まあ、仕事をしていればいずれ分かるだろうし。

そんな感じで、社内SEの初日は有名メーカーの部長・課長から頭を下げられ、ヌルヌル動く地図で遊ぶだけで終わった。

【コラム】良いシステムを広めたくない3つの理由

さて、なぜコンドル先輩はシステムの横展開を避けたのでしょうか。システムの出来は良く、このシステムを色々な人に使ってもらったら、間違いなく業務効率はうなぎのぼりです。そうしたらきっと、コンドル先輩の評価も上がるでしょう。

当時は理解できませんでしたが、いまならコンドル先輩の発言意図が理解できます。結論から言うと、ユーザ企業における政治力学によるものです。SIerと下請け企業の関係のように、ユーザ企業においても様々な政治力学があります。

この政治力学を抑えておくことができれば、あなたのDX提案が採用されやすくなります。DX提案を聞いたとき、ユーザ企業の社内SEはどういう物の捉え方をしているのか、提案採用をどういう基準で判断しているのかが分かってきます。

相手を知ればなんとやらです。

さて、理由は大きく3点あります。すこし詳しく見ていきます。

【コラム】理由① 想定以上のユーザー増加は困る

1つ目の理由は、想定以上のユーザ増加が困ることです。

業務支援システムでは、見積前提条件として利用ユーザ数をあらかじめ規定します。それによりどれだけの処理負荷が掛かるかを見積もり、負荷に応じたハードウェアを用意します。当時は全てオンプレなのでオートスケールなどは当然できません。100ユーザで見積もったシステムを、300ユーザで使ったら破綻するのは目に見えています。そのため、いい出来のシステムであっても安易にユーザを増やすことはできません。

さらにいえば、ユーザが増えればユーザ向けの操作説明会を増やさなければなりません。不思議なことに、IT業界ではシステムを使ってもらうための操作説明を「教育」と呼びます。自社製品の使用方法を教えるのにお金を取るという、通常の商慣習では理解できないシキタリがあります。

トラヒックモニタでは、教育もSIerの作業範囲にしていたので、新規にユーザを増やすと教育工数が増えてしまいます。いわゆる仕様変更です。

とはいえ、これは単に社内SEが面倒くさいだけに過ぎません。効果があるならスケールアップ・アウトや、追加教育をすればいいだけです。

問題は2つ目以降の理由です。

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