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教室のアリ 第31話 「5月11日」③ 〈少しの反省、大きな夢〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお

 レフト(と呼ばれている子ども)にまるおは踏まれた。踏みつけたレフトはボールを捕ってから遠くに投げた。
「ナイスレフト!」「ダイキ!惜しかった!」子どもたちの声が聞こえる。オレとポンタはまるおが踏まれた場所に走った。全力で走った。
「まるお!どこだ!」ポンタが叫ぶ!
「まるおー!返事しろ!」オレも大きな声を出した。草をかき分けて探した。長めの芝生の根元にまるおは横たわっていた。目は閉じている…
「まるお!!!」ポンタの声に反応は無い。2匹の12本の足で体を揺すった。レフトはどっかに行ってしまった。強くなった風も気にならないくらい必死に揺り、声をかけ続けた。さっきとは違うレフトがきた。また、同じように踏みつけにくるかもしれないから、レフトとは遠くにまるおを引っ張った。その時、
「痛いなぁ。何してるの?なんでボクを運ぶの?ボクはエサになったの?」
まるおの力のない声を聞いて、オレとポンタは気が抜けて手を離した。あとから聞いた話だけど、野球をする時の靴には丸いイボイボが付いていて、イボイボに踏まれたらあの世行きだったみたい。
「突然真っ暗になってさ、頭をちょっと打った。気づいたら引っ張られていた」まるおは笑った。笑い事じゃ無いけど、まぁ良かった。オレたちは白い線からかなり離れて、「レフト!」の声に注意して(この声が聞こえるとボールとレフトがやってくる)ダイキくんのリュックに帰って、その上で野球を観た。オレは2匹に言った。
「冒険し過ぎかなぁ?人間のことを知りたいし遠くへ行きたいけど、危ない出来事が多い気がする」
「確かにそうだけど、草原でエサを運んでいても踏まれる時は踏まれる」ポンタは冷静に答えた。まるおは考えている(か、考えているふりをしているのか‥)。眉毛の太い子どもがかっとばした。
「ライト!」みんなが叫んだ。ボールは右足の方向へ飛んでいった。オレはわかった!国際コミュニケーション(ま、英語ね)の授業で習ったぞ。右がライトで左がレフト。さっきオレたちはレフトの方へ川を見に行ったんだ。
「あれに踏まれて、よく生きてたね」
「よく食べて太ったからね!クッションになったんだ!」まるおはまるおだった。

〈かっとばしたダイキくん〉
 
ダイキくんがバットを持って板の横の四角い白線の中に入った。小さい山から子供がボールを投げた。
「カキーーン!!」
ボールはさっきまでオレたちが眺めていた川に入った。ダイキくんも、友達も、ダイキくんのパパも笑っている。板を順番に踏んでダイキくんは帰ってきた。みんなとタッチして、とても嬉しそうだ。
「元気は戻ったみたいだね」ポンタが言った。オレもなんだかとても嬉しかった。元気がなくなっても、頑張れば元気に戻れる。アリにはあまり無いことだ。ただ、エサを運べばいい。やることはたったひとつだったけど、人間を見ているとやることがたくさんある方が楽しい気がしてきた。
「すごいなぁ、野球だけやって野球を仕事にすればいいんだよ。そしたら勉強なんてしなくていいし、クマモトもミヤザキも覚えなくていいんだよ。それがダイキくんの夢なんだから」
さっきあの世にいきかけたまるおは何も変わっていない。さて、運動会まで2週間か。

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