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トピックス(小説・作品)

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素敵なクリエイターさんたちのノート(小説・作品)をまとめています。
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#小説

「KIGEN」第八十八回(終)

 とある幼稚園の遊戯室。講演前に、エプロン姿の先生が園児を前にお話を始める。 「今日のお話し会の先生は、JAXAっていう、宇宙を相手にお仕事をする、とーっても凄い人たちです。それからもう一人、スペシャルゲストも登場するそうですよ。楽しみだね。それでは先生、よろしくお願いします」  小さな手がぱちぱち鳴らされる中、奏はそろそろと園児の前へ歩み出た。傍らにはサポート役で矢留世が控えている。今日の講義テーマは「ロボットと人」。これまでのロボット工学における人とロボットとの歩みを

東京未遂

東京へ逃げたい、と一度でも思ったことがある人とは、深い関係になれると信じている。 行きたい、ではない。 逃げたい。 正確に言語化するなら、「ここではないどこかで救われたい」。 家出しても、行き場所なんてどこにもなかった頃。ネカフェは徒歩圏内にはなくて、コンビニすら遠くて、泊めてくれる人もいなくて。街灯のない夜道を、涙を流すのも忘れて徘徊していた頃。私は東京に行きたかった。ほんとうに行きたかった。口に出したら、ただの夢見がちな田舎者みたいになってしまうから黙っていた。東京な

『永遠にひとつ』第11話 存在意義

「光崎さんの視力を回復するのは、現代の医療では難しいと思います」  医師の診察結果を聞いた弓美さんは泣き崩れましたが、遠矢は落ち着いていました。 「それで、ダフネはどうですか? 直せないほどの損傷とか、そういうことはなかった?」 「ええ。ダフネさんは、ほぼ無傷です。どこも壊れていません」  困惑気味に答える医師に、遠矢は、まだ包帯だらけの顔を向け、口元には笑みを浮かべながら語り掛けました。 「ああ……、それなら良かった。  先生。アンドロイドの為に自分の身を投げ出すなんて、私

ドロップに包まれて

 物作りに興味を持ったのは、小学生の頃だ。15歳も離れた姉が、妊娠をきっかけにハンドメイドを始めた。仕事人間だった姉は、産休中も慌ただしく生活することを選んだ。 「あんたも、もういい年齢なんだから」  姉は、今も母より口うるさい。仕事の愚痴を言えば、食べていくためだと、当たり前のことを言った。今月仕事を辞めた私は、電話口の姉の言葉にうんざりしていた。 「そう言えば、最近は作ってるの?」  話題を変えれば、説教を聞かなくていい。この何気ない一言が、姉を黙らせてしまった。

『永遠にひとつ』第10話 彼の大切なもの

 弓美さんは、半ば冗談で、 「光崎遠矢事務所の本当の社長はダフネよね。私の名前は登記だけで、まさに『名ばかり社長』だわ」  時々、そう言っていました。  私ができた時から、既に目覚ましくアンドロイドやAIの技術は進歩しています。現在、国会では、アンドロイドを『人』として認めるかが議論されているほどです。契約行為や財産の所有、果ては選挙権や被選挙権を認めるべきか? 弓美さんも、法律がもし変わったら、ということが頭にあったのでしょう。 「私は、今の立場が気に入ってるから。欲し

『永遠にひとつ』第9話 永遠の恋

 日がすっかり上った頃。雨音に混じって、私の名前を呼ぶ声が聞こえます。……遠矢の声です。 「ダフネー! この近くにいるんだろう!? 私が悪かった……。お願いだから、帰ってきてくれー!」  私は、彼の耳からも聞こえるだろう、という距離まで彼が近づいてきたとき、返事をしました。 「遠矢、私はここにいるわ! 岩の陰よ」  ざっ、ざっと彼が走ってきた足音がします。次の瞬間、岩陰を覗き込む遠矢の心配そうな顔が目の前にありました。 「ああ……。ようやく見つけた」  彼は岩陰に入り込み、

初恋桜 [SS]

 もうじき八十九歳の春が来る。君江は桜が仰げるように置かれた古びたベンチに腰をおろし、薄雲のかかった空を見上げながら、ゆっくりと背筋を伸ばした。足腰はだいぶ弱っているものの、シルバーカーを押しながらであれば、まだ近所のスーパーで買い物もできる。天気が良ければ必ずこうして昔働いていた駅の前を通ることにしていた。この駅前の桜の老木にも小さな蕾がついている。もうじき花を咲かせるはずだ。  君江がまだ十代の頃に植えられた桜だった。貧しい農家の長女として生まれ、ゆえに仕事がきつい農家

『永遠にひとつ』第8話 恋の悲しみ

「……ダフネ。違うんだ。注文したのは確かに月子だが、けして君を歓迎していなかったわけじゃない。君と暮らして、私の毎日がどんなに楽しくなったか。君も知っているだろう?」  遠矢はあわてて言い訳し、私を抱き寄せようと腕を差し伸べてきましたが、私は後ずさりしました。思えば、私が彼を拒絶する態度を取ったのは、これが初めてでした。  私から避けられて、遠矢は、呆然としていました。ああ、彼は、やっぱり私が彼を男の人として愛しているとは、全く思っていないんだ。ペットの犬や猫、子どものように

『永遠にひとつ』第7話 身代わりの人形

 奥入瀬へのスケッチ旅行から、二年の月日が経ちました。あれから、年に一度はどこかへ旅行しながら絵を描くのが、遠矢と私の年中行事になりました。彼の制作活動は、私が知る中では、もちろん今が一番活発でした。それどころか、画家生活の中で最高と言って良いレベルだったようです。スケッチ旅行から戻った彼は、精力的に多数の作品を描き始めました。評論家からは、 「生命力に溢れた作風に進化した」  そう褒められるようになりました。幾つかのコンクールで賞を獲り、絵の注文も増え、個展なども開けるよう

『永遠にひとつ』第6話 淡い恋心

「ダフネ。君は私にとって大切な家族だよ。でも、番ではなく、娘みたいなものだ。君はまだ子どもだからね」  遠矢は、ゆっくり優しく私に語り掛けます。けしてうそではないけれど、彼がこの話題に緊張していることが、かたい声から分かりました。 (遠矢が、私を恋の相手だと思っていないのも、私がまだ子どもなのも本当のことだ。でも、彼は、本当のことを言うと、私が気を悪くするんじゃないかって、二人暮らしの雰囲気が変わるんじゃないかって、心配してる)  内心、私は、遠矢から娘としか思われていな

授賞式のために福井県に来ています(そしてついでに福井旅)

随筆文学賞の授賞式のために福井県に来ています。授賞式は無事におひらきとなりましたが、せっかくなので滞在を1日延ばして、福井を旅してみようと思います。むしろ旅をしたくて文学賞に応募したのでは? という説も。 福井県は日本海側の、北陸地方にある県です。カニと越前蕎麦が有名。 サンダーバード大阪駅からサンダーバードに乗って、福井県へ。 特急列車ってワクワクします。 サンダーバードって名前がかっこいいですよね。 わたし乗りもの全般が好きなんです。(運転はできないので乗り専で

『永遠にひとつ』第5話 嫉妬

 心の目。  絵を見る人に伝えたいこと。  もう少しくわしく教えてと聞こうと思った時、木の上から、鳥の歌声が聞こえました。 「あの声は、なあに?」 「番を呼んでいるんだろう。今の季節は、ひな鳥が産まれて、お父さんお母さんが二羽で力を合わせてひなを育てているはずだよ。弓美と冬樹さんが夫婦として輝を育てているようにね」 「どうして私には、お母さんがいないの?」 「ダフネ。前にも話したと思うが、君は、ラボで組み立てられたアンドロイドだからだよ。人間の赤ちゃんと違って、お母さんから

自分ひとりの人生では得られなかった貴重な発見 ~レイモンド・カーヴァー『大聖堂』

 ひさしぶりに、ハッとさせられる短篇集に出合いました。村上春樹 翻訳ライブラリーのレイモンド・カーヴァー『大聖堂』(中央公論新社)です。  翻訳が素晴らしいのはもちろんですが、たぶん元々の英文も簡潔ですごく素敵なのだろうなと想像させられる、切れ味のいい文体でした。ドライな日常風景を描いている場面でも、どこかスリリングで先へ先へと読み進んでしまいます。  作品によって味わいが異なっているので、どれが好きかは人それぞれでしょう。私は表題作の「大聖堂」と、ほかに「ささやかだけれ

掌編小説┊︎白い天使と黒い天使

 鼻を擽られる感覚で目が覚めた。ゆっくりと目を開けると目の前に草花や優雅に飛んでいる蝶が見えた。暖かい日差しで穏やかな気持ちになりながら寝起きから段々と覚醒してきた頭で考える。 「あれ・・・・・・、なんでこんなところで寝てるんだ?」  起き上がるとそこには見たことの無いとても綺麗な景色が広がっていた。  小さく可愛らしい花が辺り一面に咲き誇り、近くで流れている川はキラキラと輝いている。ここは絵に書いたような楽園のようだった。何故こんな所にいるのか、今まで自分はどこにいたの