見出し画像

『永遠にひとつ』第5話 嫉妬

 心の目。
 絵を見る人に伝えたいこと。
 もう少しくわしく教えてと聞こうと思った時、木の上から、鳥の歌声が聞こえました。

「あの声は、なあに?」
つがいを呼んでいるんだろう。今の季節は、ひな鳥が産まれて、お父さんお母さんが二羽で力を合わせてひなを育てているはずだよ。弓美と冬樹ふゆきさんが夫婦として輝を育てているようにね」
「どうして私には、お母さんがいないの?」
「ダフネ。前にも話したと思うが、君は、ラボで組み立てられたアンドロイドだからだよ。人間の赤ちゃんと違って、お母さんから生まれた訳じゃない。だから、君にはお母さんはいないんだ」
「遠矢は? どうして遠矢には番がいないの?」
 十コンマ六秒間、遠矢は無言になりました。顔色も少し青ざめて、表情もかたく見えます。私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったことに気づき、あわてて取り消そうとしましたが、それよりも先に遠矢が話し始めました。
「……私に番がいないのは、そうだな。きっと偏屈へんくつ者だからじゃないか? だけど寂しくないよ。君がいるからね。君と私には血の繋がりはないし、番ではないけど、家族だと思っている」
 彼の口元は笑っていましたが、目元にはさみしげな色が浮かんでいます。

 でも、旅行中、私は何度も、道行く女性たちが遠矢を見て、もり上がっているのに気づきました。
「あの男性、素敵ね。背が高いしイケメン」
「ダメダメ。ほら、あんな若くて可愛い女の子を連れてるじゃないの」
「えーっ! 娘じゃない?」
「あんな年頃のお嬢さんが、父親と二人で旅行なんかするもんですか! 奥さんかガールフレンドに決まってるわよ」
 彼女たちは、遠矢をみりょく的な男性だと言い、隣にいる私を彼の番とかんちがいして、勝手にがっかりしていました。そんな彼が、もし女性たちににっこり話し掛けでもすれば、番になっても良いという人は、きっとたくさんいるはずです。私は、もやもやした気持ちになりました。

 その会話を交わした翌日、遠矢は『商談しょうだん』、仕事だと言って、青森市内へ一人で出かけていきました。私は一人で、ホテルの近くを歩き回ったり、スケッチをしてみたり、普段はあまり自由に見せてもらえないテレビを付けてみたりしました。
 温泉にでも入ろうかと、浴衣姿でホテルのロビーを通り過ぎようとしたとき。ロビーのラウンジで、遠矢が女性とお茶を飲みながら笑って話しているのが見えました。長い髪に、水玉模様のワンピースを着ている、ほっそりした女性です。私より少し年上でしょうか。二十代後半くらいに見えます。彼女のほおがうっすらピンクで、目がきらきらしていることが気になりました。

(この人は、遠矢のことをステキだって言う女の人たちと同じ顔をしている!)
 私は、いやな気分になりました。座っている二人の隣に、だまったまま立ちます。
「なんだ、ダフネか。ご挨拶なさい、失礼じゃないか」
「……遠矢のアンドロイドのダフネです」
「まぁ。お行儀が良いんですね。それに、本当に生きている人間みたい」
 遠矢に叱られて、渋々とあいさつしました。彼女は、遠矢に良い顔をしたいのでしょう。私のことをほめました。でも、私に関心があるわけではないことは、ゼロコンマ五秒しか私に目をくれず、そもそも視線を合わせようともしなかったことで明らかでした。

 私は、反抗的な気持ちになりました。タオルや着替えをその場に放り投げ、遠矢のひざの上に飛び乗ると、さっきテレビドラマで見た恋人同士のように、遠矢の口に自分の口を押し当てました。
「きゃっ!」
「……ダフネ、やめなさい。こんなこと、今までしたことないだろう? どうして急に人前でするんだ」
 遠矢は、私の手首をつかんで引きはがし、低い声で私を叱りつけます。女の人は、青ざめて勢い良く立ち上がりました。
「……すみません。私、これで失礼します」
 かかとの高いサンダルをはいているとは思えないスピードで、彼女はロビーをさっさと出ていきました。

 遠矢は私を引っぱって立たせ、無言のままタオルと着替えを拾い上げると、強く私の手首を握って、おおまたで歩き始めました。部屋に戻って叱るつもりなのでしょう。

「ダフネ。なぜ、初対面の人の前で、さも私と恋人同士のような振る舞いをしたんだ?」
「…………」
 思った通り、部屋に着くなり、彼は低い声で私に聞きました、無言でうつむきましたが、遠矢はこわい顔で腕組みをし、私をにらみ続けています。答えるまで許してもらえない、と感じた私は、ため息を一つつき、仕方なく答えました。
「あの女の人、遠矢が好きだと思う。だから、私が恋人だってふりをしたの」
「そんな……。あの人は、私の絵を置いてくれる画廊オーナーの娘さんで、絵が好きなだけだよ」
「ううん、遠矢は分かってない。あの人は、遠矢の恋人とか番になりたいって顔してたよ。気づかなかったの?」
 遠矢は心外だとばかりに、首を左右に振っています。自分に向けられた好意に、全く気付いていないとは。
「兄さんは『朴念仁ぼくねんじん』だから」
 弓美さんがそう言っていたのも納得です。この調子では、私の気持ちも分かってもらえないかもしれない。その間に、誰か他の女の人が遠矢の好意をうばってしまったらどうしよう。私はあせりました。

「私、私も遠矢が好きだと思う。あの女の人に焼きもちを焼いたの。他の女の人とベタベタしてほしくないの」
 この頃、彼に対する恋心のような自分の気持ちを、私は持て余していました。思わずそれを不器用に打ち明け、後半はほとんどべそをかいていました。遠矢は困った顔で私を見ています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?