パリ軟禁日記 3日目 春の鳥と大作戦
2020/3/19(木)
白んだ窓、軽い空腹感で目が覚めた。一昨日から目覚まし時計をかけるのをやめているけれど、遅くとも8時半には覚醒する。妻は昨夜遅くまでPCに向かっていたのでまだぐっすり眠っている。週末スーパーで買った6つで2ユーロ75セントのジャムパンを2つ食べた。窓を開けると鳥のさえずりがよく聞こえた。10時半ごろに妻が目を覚ました。再び窓を開けて、一緒に鳥の歌声を聴いた。冬の間、聞いたことのなかった鳴き声だった。ここ数日あたたかく、春の陽気が連れてきたのかもしれなかった。この鳥の名前を僕たちはまだ知らない。
昼は冷蔵庫にある残り物で簡単にすませた。スパニッシュトルティーヤの残りをレンジで再加熱したら一部のじゃがいもが黒っぽくなった。アミノ酸が空気に触れることで起こる化学変化。鶏肉のレモン煮の残り汁に、ゆで卵を2つ放り込んでおく。明日には美味しい味玉になっていることだろう。
人に会わないからか、インターネットで情報収集する時間が普段より長い。フランス教育省がOpération "Nation apprenante" ー「学習国家大作戦」ーなる対策を実施していることを知った。学校に行けない多くの学生(主に低学年)向けに、来週からテレビ民放で教育省指定の先生たちによる学習番組を流すのだそうだ。市の図書館からもメールが届いた。オンラインで使える学習教材、デジタル図書、オーディオブックの案内だった。「Opération」と冠するのが僕の好きな映画『TAXi』シリーズを彷彿とさせた。プジョー406の改造タクシーがマルセイユをかっ飛ばすカーアクション映画だ。第2作には敵役として三菱のランサーエボリューションも登場する。その時の作戦名は « Opération Ninja »。
午後は気温が20度近くまで上がった。陽光に惹かれて、外出証明の紙をジャージのポケットに入れて近所の公園までジョギングをしに向かった。途中、通りかかったアパルトマンの2階からクラブミュージックが聞こえてきた。窓の桟に腰掛けて本を読んでいる家主らしき人の姿が見えた。公園に着くと、多くの人がいた。ジョギングをする人たち、また等間隔に並ぶベンチに1人か2人座っているのが続いた。芝生ではピクニックをしている親子もいた。一方、黒の制服に身を包んだパリ市警も10人以上の体制で広い公園を巡回しており、人々の特例外出証明書の確認をしていた。僕の推測だけれども、外出禁止3日目にして、パリジャンたちは早くも我慢ができなくなってきている。帰りも来た時の道を通って帰った。さっきクラブミュージックが流れていた部屋からは、今はギターを練習している音が聞こえた。
妻の仕事終わりを待って、2人で買い出しと散歩に出かけた。近くの商店が並ぶ通りにもまばらに人がいた。またもや、上階から音楽を大音量で流している人がいた。Blondieの"Call Me"だった。
Call me my love, You can call me any day or night
外出禁止で話し相手がどうしても欲しいのだろうか。切実すぎる選曲だった。近所のスーパーの状況を見てみたところ、水や食料は十分にあった。こないだ品切れだったパスタやトイレットペーパーも補充されていた。人々は早くもこの非常時に慣れ始めていて、冷静さを取り戻しつつあるのかもしれなかった。帰りに信号待ちをしていたら、妻の上着の肩口に鳥のフンが落ちてきた。まさか、今朝の鳥…?僕は何も拭くものを持っていなかったけれど、妻の上着のポケットにどうしたことか靴下が片方入ってた。仕方なくそれで落とし物を拭き取った。
夕食はEspadon(太刀魚)のムニエルにした。太刀魚は先週末、いつも行く魚屋さんで見かけて買った。大きめの2切れで10ユーロちょっとしたんじゃないだろうか。珍しかったので少し奮発した。フランス語で剣はÉpéeなので、このEspadonという名前はスペイン語の剣 Espadaの方から来てる名前なんだろうなぁ、と意味もなく思った。ムニエルはタルタルソースで美味しくいただいた。そしたらソースが余った。「タルタルソースに合う食べものはなんだろう?」と口に出したら、「チキン南蛮!」と妻とほぼ同時に声が出た。明日の献立が決まった。