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パリ軟禁日記 2日目 決断と白アスパラ

2020/3/18(水)
人事からメールが来た!朝一番に聞いたのは妻の声だった。
欧州地域での新型コロナウイルス感染拡大の状況を鑑み、希望する駐在員の帰国を認めるという趣旨だった。一方で、日本政府が欧州地域からの入国制限をするという噂もあり、起きたばかりの頭の中で様々なシミュレーションが行われた。一寸先の自分たちの未来が見えない状況。そして、この大きな決断を即座に下さないとならない。

とどまるか、立ち去るか。9年前の大地震の時も似たようなことがあり、この手の決断は初めてではないけれど、心臓がいつもより速く脈打つの感じた。少し冷静になるために、コーヒーを入れて窓を開けた。物音一つしない、静かな朝だった。やわらかい陽光が心地よかった。昨日ブーランジェリーで買った菓子パンとヨーグルトを食べてから、妻と一緒にラジオ体操をした。

昼になると、正式に欧州地域から日本の入国制限が発表された。いまさら当然ながら、該当地域からの入国者は自宅または政府指定の場所で14日間の待機が義務付けられるという内容だった。帰国するにしても軟禁状態が続くことに変わりはなかった。実家の母に電話をかけて、意見を聞いてみた。「本当は帰ってきていいよ、と言いたいところだけど」という前置きから話が始まった。

「ウイルスに感染してないという確証がない以上、やめたほうがいいと思う。あなたは若いから大丈夫でも、誰かに染してしまう可能性がある。私はあなたに加害者になってほしくはない。」

実家に帰るまでの道中、空港や交通機関の中で感染する可能性がゼロでない以上、母の意見は至極もっともだった。「せっかくだから、この時にしかできないことをやってみなさいな。文章を書くとか。」行動心理を見透かしたような助言だった。やはり、母である。日本行きの線は消えた。

昼食は白アスパラを茹でてバターソースをかけたもの、そしてショートパスタにした。季節の白アスパラを茹でるだけで、ありあわせのランチが特別なものになる。市販のボロネーゼソースをベースにマッシュルームとベーコンを混ぜたら思ったよりいい味になった。昨年の春、リスポンで買ったカラフルな皿に盛り付けた。花が咲き、太陽のような絵が描かれた明るい色のこの皿は、「パスタのお皿」ということに我が家ではなっていた。この地にとどまる決断をする、という大仕事をやってのけて人心地ついた。

一日引きこもっては身体に毒かと思い、特例外出証明書なる例の書面を持って散歩に出た。個人で行う運動や散歩については、この証明書を持っていれば認められている。昼下がりの通りにはちらほら人がいた。マスクをつけて犬の散歩をしている人。タバコを買いにいくおじさん(タバコ屋は営業している)。時々利用する69番のバスが横を通り抜けた。運転手以外、誰も乗車していなかった。

夕食後、日本から持ってきたDVD『ペルセポリス』(2007、マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・パロノー監督)を久々に見た。2週間前にテレビで見たアニメーション映画『Tehran Taboo』(2017, Ali Soozandeh)が飛びっきりによくできていて、イラン舞台のアニメの代名詞とも言える本作をもう一度見たくなった。以前は分からなかった主人公マルジの話すフランス語のニュアンスが少し分かって、この作品との距離が縮まった気がした。作中のおばあちゃんはやっぱり最高のおばあちゃんだった。彼女がマルジに諭す場面がある。

”恐れ”が人に良心を失わせる。

非常事態の今と1990年代のテヘランが重なった。

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