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パリ軟禁日記 5日目 失われた週末とマルシェ

2020/3/21(土)

『失われた週末』(1945)でビリー・ワイルダーはアルコール依存の小説家が週末、酒瓶を求めて街を彷徨う姿を描いた。幸いなことに僕はアルコール依存ではないし、家にはワインや日本から持ってきた芋焼酎がある。けれど、外出禁止後の初めての週末、頭に浮かんだ言葉はこの映画のタイトルと同じThe Lost Weekendという言葉だった。

多くのフランス人が同じようなことを思ったのではないだろうか。前々からの予定やイベントをキャンセルした人もいるだろう。週末楽しみにしている習慣を自粛した人もいるだろう。我々もそのうちの一組だった。何もなければ今ごろ僕と妻と友人はポルトガルを旅するはずだったのだ。まぁ、事情が事情なだけに断念はいたしかたない。今回の騒動を契機に未曾有の国家的危機が訪れない限り、ポルトガルがなくなることはないだろう。心からそう願う。

ふてくされても詮方ないし、とにかくハラは減る。僕たちは馴染みのマルシェ(市場)に食料を仕入れに行った。普段だとぎっしりと並ぶテントが今日は少しまばらだった。一番手前、アジア系のおじさんの八百屋で白菜を購入。白菜はフランス語でシュー・シノワ (中国キャベツ)。次に馴染みの魚屋さんへ。パリに来てからこの魚屋さんで魚介類を買うようになり、魚のことがもっと好きになった。東京ではだいたいスーパーで切り身を買う程度だったけれど、こっちで丸々新鮮な魚を調理するのは、発見があり好奇心が刺激された。見たことない魚を美味しく料理できた時は、えも言われぬ達成感があった。今日がいつもと異なるのは、いつもより少なめの品揃えだけではなく、お客が魚に触れないよう、人と人が接することがないようにビニールシートがスタッフとお客の間を隔てていたことだった。お会計の時も担当の人を配置し、カードリーダーは目の前で消毒したものを渡してくれた。「ありがとう!気をつけてね」距離を取りつつも、気持ちのこもった接客だった。タラとクロダラを買った。

八百屋の兄さんも元気そうだった。腕にはタトゥーがあり、サッカーのジャージを着ている。「調子はどう?」どこの街でも同じだと思うけれど、常連になるというのはなんとも気持ちがいいものである。僕たちはいつもたくさん買うので、レモンを2つおまけにくれし、お釣りの端数を切ってくれたりもする(常連自慢)。おあとはチーズだ。ハードとソフトを少しずつ、そして、こないだ食べて美味しかったサン・フェリシアンを買った。これで僕たちの翌週のハラは満たされることだろう。

夕食にソーセージとスイス土産のロシュティ(千切りにしたじゃがいものパンケーキ)を焼いて食べた。それからアメリカでお世話になった師匠とビデオチャットをした。あちらはアラスカン・アンバービールを飲みながら、こっちはマコン・ヴィラージュの白を飲みながら。主に近況報告とお互いの国での外出状況を話した。一昨日買ったチーズは少し古くなりかけていたが、ワインが進んだ。今日はいつもより多く飲んだかもしれない。『失われた週末』の小説家ほどではないにしても。

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