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【小説】『規格外カルテット』10/10の中のc

(10回中10回目の中のc:約4600文字)


「君達のご両親を、人間の、一回目だって思っているから」
 いかにも好人物な微笑みの、説教でも始まりそうな口調に、実際に放たれた言葉が噛み合っていない。
「……はい?」
 まず咲谷が言い出して、
「人間の?」
「一回目?」
 双子が息の合った分担を見せた。
「ああだから、動物とか昆虫とか植物とか、色んな生き物に、何回も何十回も、もしかしたら何百回も生まれ変わって、やっと今回人間に生まれる事が出来た、その一回目だ」
 穏やかに言い切られても、一座にはまだ分からない。
「人間がまず、一回目なんだから、人を育てる事が、そんなに得意なわけないよね。ちょっと前までは動物や昆虫や植物だったんだから、そう簡単に話も通じるわけがない」
「お、おい。蜂須賀。お前しれっと誰よりもディスってないか?」
 窓側から咲谷がツッコむが、蜂須賀の表情は変わらない。
「そうですか? 僕は、本当のところこれが真実じゃないかと」
「おい容赦が無いな」
「だって咲谷さん、これまでの間に人類が、どれだけの動物に昆虫に植物を絶滅させてきたと思います?」
「おい何だここに来てまさかのネイチャー目線は」
「いえ。主張に意見はともかく事実だけを、冷静に考えた場合に、人間だけが七十億を超えて今現在も更に増え続けているんです。それだけの数の命が、一体どこからやって来たかを考えたら、人類が絶滅させてきた、動物に昆虫に植物だろうな、と結論付けるのは、そんなに不自然な話でしょうか」
「冷静に言われたらそんなに不自然じゃない感じがするところが何か不自然だな私にはな」
 イス席からシンは頬杖をつきながらだ。
「リンネとか転生とか大さん、仏教の人っぽいんだけど」
「仏教徒、でもあったよね。洗礼を受けたのは成人してからだから」
 え、とみるは力が抜けているなりに、心持ち蜂須賀に近寄って行く。
「入信してくれたの大さん嬉しいもしかして私のために」
「みる違うんだよ全然」
「良いんだ。これをきっかけに少しずつ、話していくから」
 近付いた分を蜂須賀はより抱き寄せて、やはり少しだけ微笑んだままだ。
「間違えないでほしいのは、どこにいる誰が人間の何回目か、なんてもちろん外側から見ても分からないんだ。『人間に滅ぼされた』とか『人間は愚かだ』なんて、言い合ったって仕方ないよね。だって今回はみんなが、人間に生まれて来ちゃったんだから」
 少しだけ、だけれど周りにははっきりと、快く思っている事が伝わってくる。
「と言うより、一つ前まで人間以外だった人達は、人間なんかこれっぽっちも恨んでいないと思うよ。人間になれたばかりで忙しくって、それどころじゃないから」
「バイク」
 蜂須賀の胸の内から言葉が浮き上がった。
「カッコいい。黒いバイク。大さんが乗って駐車場から走って行った、アレ」
 言われて蜂須賀には、咲谷にシンにも、それぞれ自分の目では見ていなかったはずの、あの日のみるの姿が浮かんで来る。
「ずっと乗りたかったの本当は。女の子だから地球を破壊するんだから有り得ないって言われ続けてたけど大さんだけバイクに乗ってたら、声かけても聞こえないし走ったって追い付かないじゃない」
 蜂須賀を追いかけて、懸命に走ったけれど追いかけ切れなくて、おそらくは半泣きになってからバイク置き場を覗きに来たから、壁を蹴る自分しか見なかったのか、と咲谷は頭の中で組み立てた。
 彼にしては珍しく蜂須賀は、明らかに最大限に嬉しそうだ。今にもニヤけてしまいそうな口元を噛み締めている。
「ライド用の服、買いに行く?」
「行く」
「おう。そうと決まったらすぐ行って来い。ここの支払いは済ませとくから」
 え、と蜂須賀は戸惑い気味だが咲谷には、おごる理由が出来て都合が良い。
「今のうちが良いだろ。正気に戻ったらみるちゃん何言い出すか分からないぞ、ってもはやどっちが正気かも分からないけどな」
「ありがとうございます。じゃあ」
「ありがとうお姉さまライド用の服買いに行くのどんなのがあるの」
 大きな人形を抱えたように見える二人が去って行くと、テーブルは半分が空いてガランとした。シンはまず二つ並んだ隣のイス席に移る。
「みるヘルメット持ってるのかな」
「今日は車で来てる。新型ジムニーの、今時マニュアル車」
「そっか。なら大丈夫だ」
 咲谷がいるソファーの方に脚を向けての横座りだ。
「人間になれたのが嬉しくて、大さんは今バイクとか車好きなのかな」
「何それ」
「いや。さっきの話聞いてたら、大さんももしかして一回目だったりしてって。ほらよくお寺なんかに立ってる、樹齢何百年とかの、あんな感じ」
 シンは気が晴れていくような笑顔だが、咲谷からは苦笑が出る。
「さぁてねぇ。あれはアイツの考えだから、私まで信じてやんなくても良いかなって」
「ボクはちょっと、面白かったかな。一回目だったんならしょうがないやって」
 前世みたいな話を咲谷は、意味が無いし役にも立たないと思っている。もしかしたら人間を長くくり返し続けてきたので、新鮮には感じ切れないのかもしれないが。
 微笑みを浮かべると、シンに向けて手を差し伸ばした。
「合カギ、返して」
 シンは少しの間、言われている事が分からないみたいに手のひらを、見つめていたが、
「もういらないでしょ。あんたには」
 電話に出た時は咲谷の家にいたのだから、今ここに持って来ているはずだ。ファスナー付きのポケットから取り出した金属片を、手の内に見詰めている。
「返したらルミちゃんは、新しい彼女作るんだよね」
「そうだね」
「ボクじゃ本命には、なれないってこと?」
「そうだね」
「チョコくれたのに」
「あんなのは、義理だよ。当日でもなかったし」
「そうだね」
 呟いたが咲谷に向けて顔を上げた。
「だけど、ボクはあげたじゃない。チョコレートなんか、付け足しでさ」
 一見女の子っぽいパッチリ目、とは言ってももちろん、男性だ。
「日本で言う『本命』どころじゃないよアレ。全く気付かなかった、わけでもないでしょ」
 大人の男らしいしゃべり方に聞こえないのも、国内で聞いた場合だけ。ここまでの流れだって何も、成長したわけでも人が変わったわけでもなく、初めから内側にあったものだ。
「申し訳ない気もするし、そう言ってやりたいけど、あの時はあんた犬のつもりでいたからね」
 そこを突かれると弱いらしい。観念したように目を伏せた。
「犬から本気で言い寄られたって、大真面目に受け取れる奴もそういないよ。だけど、それはそれで良かったんじゃない? あの時点で人間様の本気で来られても、私は普通に断ってたから」
 ちえ、とわざとみたいに子供っぽい、言い方をして、
「せめてホワイトデーまでは、いさせてほしかったなぁ」
 差し出したカギから手を放す、寸前にハッとした様子で握り込んだ。
「じゃあさっ、ねぇボクたち結婚しない?」
「は?」
 手を大きく振った勢いでイスを下り、ソファーを咲谷の隣に寄る。
「だからぁ、コンイン届け、って言うの? あのぺらっぺらのうっすい紙一枚、役所に出しといて、だけど、それぞれの家で別々に暮らして、連絡は取り合って時々会ってその時は」
 そこだけは、他所に届かない小声になった。
「一日中頭の中までとろけるみたいなセックスするの」
 目を見合わせて更に、付け足してくる。
「良くない?」
 これが遺伝子的な相性だけは、とんでもなく合ってしまうらしく、人類からはもはや退化したと信じられている性フェロモンが、自身の首筋から胸の谷間から、溢れ出してくる心地がするのだが、
「出来るわけないじゃない」
 咲谷瑠美は人生の大半を、理性を保った人間でありたい。
「ええぇ何でぇ? だって、ボクはルミちゃんと別れたくないし、ルミちゃんもボクも実家からは、すっかり呆れられてるじゃない」
「放っといてくれ」
「だから、何やったってこれ以上哀しまれもしないでしょ?」
 なるほど実家は理由に出来ないが、支障は他にもある。
「そんなの気持ち悪いとか有り得ないとか、ビアン仲間中に嫌われまくったらどうしてくれる」
「そうかなぁ。羨ましい、とか、出来るもんならそういう人私も欲しい、とか、思ってくれる人も中にはいるんじゃない? そっか。ルミちゃん以外で見つければ良いのか」
 なんて言われてとっさに、
「殺すぞ」
 と飛び出したが、
「うわーぁルミちゃん、ジェラシーがデンジャラスだよぉ」
 ジェラシーの存在に表現まで指摘されて、気恥ずかしいことこの上ない。
「違うって。どうしてこっちのコミュニティーに首突っ込んで来るのよ。あんただったらこの先、ストレートで、あんた一人が大好きあんたじゃなきゃダメみたいに言ってくれる人、普通に見つかるでしょ」
「コミュニティーとか関係無いんだよ。ルミちゃん、分かってる? それぞれで、幸せになっとこうって言ってるの」
 一つ一つを冷静に、切り分ける思考は実のところ女性には、あまり向いていない。
「それぞれで、お金稼いで生活して、それぞれに好きなことやってって、それぞれがいつも幸せ同士で、それぞれのコミュニティーとかとはまた別に、お付き合いを続けていくの。もちろんピンチの時には駆けつけるし、もしかしてまだ考えたくないけど、どっちかが死んじゃったらどっちかが、お葬式出すんだよ」
 サクサクと、取り出した要素を小分けに並べられると、かえって混乱する。そもそもが女性にとって全ての事柄は、大なり小なり表側だけでなく裏側でも関連しているもので、切り分けて良いとも思えていない。
「それってもしかして子供出来たらどうなる?」
「うーん。産むのはどうしたってルミちゃんに、お願いしなきゃしょうがないし、おなかにいる間は出来るだけ、ボクもそばにいたいけどぉ、育てるのはその時考えれば? ルミちゃんに子供大好きで育てたい、って彼女さんがいるなら、ルミちゃんたちで育てたら良いし、もちろんボクもサポートするし、ルミちゃんの仕事が大事な時期で余裕が無いなら、ボクがメインでルミちゃんがサポートしてくれたら」
「親子で家族で住む家がバラバラじゃない」
「本当に仲が良かったら、何も同じ家に住んでなくたって良くない? っていうか、血がつながって同じ家に暮らしてたらそれだけで仲が良い、だなんて、思い込んでる方が、人間なめてない?」
 サクサク解決、出来るかのように言い切られると、混乱も手伝ってそうなのかもしれないような気がしてくる。
「なんか本当に出来るんだったらそう悪くもない気がしてきたぞ……?」
「でしょ? ねぇ良いでしょお? 今から二人で行っちゃう? 窓口でおめでとうとか言われちゃう?」
「ちょっと待って」
 だからこそ感覚を大事にして、実行に移すまでは慎重になりがちなのだが。
「まだ、考えさせて。あんたに乗せられて今突き進んだら、何かとこの先面倒な事に巻き込まれそうな予感がする」
「良いよぉ全然、かまわない。大さんも言ってたけど、何も、急ぐことないし」
 高く放り上げた金属片を、シンは、落ちてきた目の前で掴み取る。
「ってことで合カギは、まだ持ってても良いんだよね」
「良いよ」
 小さくガッツポーズをして口からも「ウィ!」と飛び出したが、フランス語を知らない咲谷には気付かれていない。

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