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村上春樹の「カンガルー日和」を授業であつかって作った自由作文

高校2年のとき、現代文の先生の授業で、村上春樹の小説をとりあげた。

「カンガルー日和」というものだった。

私の村上春樹との出会いは、これが始まりだった。


なにこれ?と思った。

すべての文章には意味がある、と思っていたあの頃の自分にとって、一節一節に意味をつけて質問を問う国語というものが、すきだった。

夏目漱石の「こころ」、芥川龍之介の「羅生門」、中島敦の「山月記」、ヘルマンヘッセの「少年の日の思い出」等。

とある一文にアルファベット付きの棒線が掛けられてあって、その一文の意味について問われる。

「この時の主人公の気持ちは?」


私はこれが好きだった。

ありえんやろ、という選択肢があれば、これは…どっちだ!?と頭を抱えるほどギリギリのものを攻めてくるものもあった。


国語は答えが決まっていない。想像力だ。だけど解答がある。


このとき初めて触れた村上春樹の「カンガルー日和」。

この作品ほど、文章の、一文の、一説の、それぞれに意味を見出すことのおもしろさと謎と難しさはなかった。


こんな脈絡のない、だけどセリフのひとつひとつにあるんだろう伏線、だけど結局はなんてことのない日常、という物語が、存在するのか、存在していいのか、と、衝撃だった。


私はこの授業にハマった。

と言っても、この作品はかなりの短編なので、1ヶ月も授業をすることはなかったと思うが。


最後の授業日に、先生が課題をだした。

「この作品『カンガルー日和』のように、自分で『◯◯日和』というタイトルとテーマで自由作文を書きなさい」


というものだった。

原稿用紙一枚で、授業の45分間でしあげる。

私の心は踊った。


タイトル:海日和

二年B組出席番号9番


 女は海が好きだった。物心がついたときから海へ入っては遊んでいた。

砂遊びなどしたことがなかった。

いつも母親と父親が交代で女の海遊びにつき合っていた。

大勢の友人と海へ遊びに行ったときも、女はかまわず水へ入っていき、楽しそうにきゃっきゃとはしゃぐ友人など目もくれず一人海で泳いでいた。

何人かがビーチバレーをしていようと浮輪で浮いていようと好きな男の子がいようと、女は海で一人で遊び泳いでいた。


 女は様々なシーンで海に入ることが好きだった。

例えば雨だったりくもりだったりもちろん晴れだったり、桜の浮いている頃や、夕陽が沈む頃、朝日が出る直後だったりと、女は一人で海の世界を楽しんだ。

一番心地良いと思ったのは真夜中の海だった。

親が就寝すると抜け出し、月がぼんやりと映っている海に静かに浮かんだ。

初めて夜の海に入ったとき、こんなに気持ちが良いことはないと思った。


 女はプールというものを忌み嫌っていた。

なんて狭く居心地の悪いわずらわしいものだろうと思う。

だから今までプールに自ら進んで入ることはなかった。

しかしどうしよう。冬が近づいていた。

一回、冬の海にどうしても入ってみたくて行こうとしたが両親に引き止められ、しまいには泣かれた。

だから冬の海には行けない。

しかしプールには入りたくないのだ。

プールに入ってしまえば、窮屈さで心がおかしくなりそうだった。

あんな所に足を入れるだけで私の価値が水に溶けていくように感じた。

ある日、女は両親と旅行に行った。

寒い冬の日だった。

車から外を眺めていると海が見えた。

綺麗な青色をしていた。

そして雪が降り始めた。

私は震えた。

なんて綺麗なんだろう。

雪の海は輝いていた。

こんな日に海に入れないなんて考えられない。

私は黙って走りだし、海に飛び込んだ。

新しい海の世界だった。



うわあ、読み返してみるとやっぱり粗いな、文章。

懐かしい。

配られた原稿用紙は、一行と少しのマス目を残して、提出した。

後日、返却とともにAをもらえた時は嬉しかった。尊敬する国語の先生だったから。

私のほかにもう一人A評価をもらっていた女子がいた。

A評価はクラス内で私と彼女だけだった。


久しぶりにこういう作文を漁っていたら、中学の時のものまで出てきて、A評価をもらっているのに今見ると目も当てられないほどだ。

こんど浄化させるためにもまた公表しようかと思います。

うひゃー

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