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自作小説

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詩ほど短くもなく、歌詞ほど曲は似合わず。 短編と呼べるほど長くもない、そんな物語たち。
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#過去作

『涙』④/④

『涙』④/④

痛む心をどう抑えればいいのか苦しみながら、海に着いてしまった。腰を下ろしケータイを開く。彼女の未来を一番に考えて、文章を書き上げた。

「今日はわざわざ来てくれてありがと。初めての海はどうだったかな?

もう春からはキャンパス変わっちゃって顔を見る機会は減っちゃうけど、自分の勉強頑張ってね!さよなら。」

僕はこれから『さよなら』を告げる。もう二度と会えないときだけ使うと決めていた言葉『さよなら』

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『涙』③/④

『涙』③/④

だんだんと雲は黒さを増し、今にも雨が降り出しそうな空の下。他愛のない話題すら見つからない冬の無言の帰り道。互いに話し掛けることさえできずに、僕らはただまっすぐ駅へと向かって歩いていた。

人影もない小さな公園。さびれた駅の改札口。彼女を迎える電車が来るまであと13分。

「今日はありがと。海ってやっぱり広くて大きいね!ちょっと感動した。」

「だろ?喜んでもらえてよかったよ。…そろそろ改札入ったほ

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『涙』②/④

『涙』②/④

「はい、念願の海」

空は水平線まで目を凝らしても青の要素が見えないくらい、どこまでも曇っていたが、彼女にとっては生まれて初めての海。彼女の目は大きく開かれ輝きに満ち、目と同様に口も鼻も大きく開放したその横顔には、喜びが溢れ出していた。

「ここで、この海に見守られながら生まれ育ったんだね…。どんな感じ?」

「どんなって…別にないよ。海なんて生まれたときにはすでにそこにあって、毎日のようにただ見

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『涙』①/④

『涙』①/④

僕が生まれ育ったこの街の中心には小さな駅がある。改札を出てすぐ右側には、腰の高さくらいの生垣で囲われた小さな公園がある。公園と言ってもあるのは砂場と控えめに置かれたベンチだけで、子供が少しがんばって走ればすぐに端から端まで届いてしまう。少し前に映画のロケで使われたらしいが、その映画を僕は見ていない。

駅から南に歩いていくと、水の汚い海が見える。あとは駅の反対側に無駄にでかい大仏があるだけ。観光地

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『こうもり』7話/7話

『こうもり』7話/7話

註)文通小説なので偶数話はありません。

いつもの席に今日は、彼女は現れなかった。窓の外では黄昏が始まりそうな深い色を街に落としていた。バイトの時間を見計らって店を出ようとしていたとき、店のドアの乾いた音が聞こえ彼女が入ってきた。
「あら、今帰るところかな」
「ええ、ちょうど今。これからバイトなので」と僕は、名残惜しさを顔に出しながら言った。
「それは残念。また今度ね」
「はい、また」そう

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『こうもり』5話/7話

『こうもり』5話/7話

註)文通小説なので偶数話はありません。

 窓の外を見ると明らかに晴れ渡った空の下、ビルの間に挟まれた狭い道を何台もの車が通り過ぎていく。それが仕事の車もあれば、買い物や子供を迎えに行く車もあるだろうし、あるいは休日を謳歌している車もあるかもしれない。こんなによく晴れた日なのだから、どこかへ出かけるのもいいかもしれない。でも、気軽に好きな所へ行けるような都合のいい車なんて持っていないし、電車で出か

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『こうもり』3話/7話

『こうもり』3話/7話

註)文通小説なので偶数話はありません。

僕がこの喫茶店を気に入っているのには、お気に入りの席がある他にもう一つの理由がある。それは店内の雰囲気だった。通りに面して広く取られた大きなガラスは、店内には十分な明るさをもたらし昼間は照明がほとんどいらないくらいだった。何年も経って色が馴染んできたくらいの木目調の壁は、いい具合に使い古したアンティークのカウンターやテーブルとイスと絶妙なバランスで共

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『こうもり』1話/7話

『こうもり』1話/7話

最近の僕は、変な夢ばかり見ている。この前は自分が動物園の動物になっていた。視界の端に僕のものであろう羽根が見えたので、おそらく鳥の類のなにかだったのだろう。僕は檻の内側から、幼稚園児やカップルが僕のほうを見ているのを、とても嫌な気持ちで見ていた。時折飼育係の女性が入ってきて、僕の気持ちを一切汲み取ろうともせず、「私はこんなにも動物に愛情を持って接しています」と言わんばかりに、一方的な慈愛をこれでも

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『綿毛と飛行機雲』③/③

「いや、本当にすごい。コジマが農業やってたこと自体にも驚いたけど、あのコジマがね。これほどまでにできる子だとは思ってもいなかった。高校の頃のコジマからは、正直想像もつかないよ。」と、僕は言った。
「えへへ、そうかな。そんなに言われたら照れちゃうな。」と、彼女は左手を頬に当ててうつむいた。長くて細いきれいな指をしていた。

「俺なんて、いつも営業にいってもなかなかいい返事がもらえなかったりしてね。日

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『綿毛と飛行機雲』②/③

天気予報の通り、入道雲の間を縫うように真夏の陽射しがアスファルトを突き刺している。一年ぶりに夏の暑さを思い出した。そういえば、プールに行きたいと毎年思いながら行けていない。今年こそ彼女と。いや、会社の同僚の男たちで行くのもいい。

そんなことを考えながら、歩道に作られたビルの日陰の通り道をたどって喫茶店へ向かった。交通量の多いメイン通りから一本入ったところにその喫茶店はある。路地に面して大

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『綿毛と飛行機雲』①/③

「東海地方は全域でぐずついた天気となるでしょう。続いて関東です。」

全国ニュースでは、僕の住んでいる小さな町の明日の天気はわからない。僕に理解できたことは、全国的に雨模様で、夏を前に肌寒い一日となるであろうことだけだった。

すでに何度か読み返した手紙をもう一度読もうと封筒を手に取った。コジマらしい、丸く小振りな文字で僕の名前が書かれた封筒に、手紙と一枚の写真が添えられている。ど

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『虹を掛ける一歩』⑥/⑥

土曜日、空は朝から生憎の雨だった。冬が近付いている匂いのする、少し乾いた雨だった。中央公園に着くと、公園の入口で傘を差して彼女が立っていた。
「すみません、お待たせしました。」
「ううん、私が少し早く着いちゃっただけです。」

どちらからともなく、いつものように他愛のない話題を話し始める。二人並んで歩くと、公園の落葉がしんなりと沈む。雨に濡れた落葉は、二人の足跡を一瞬だけ残しすぐ消していく

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『虹を掛ける一歩』⑤/⑥

金曜日の仕事帰り、電車がホームに到着し現在21時52分。バー「パルメ」に22時にたどり着くには充分な時間だった。あの本も読み終わって鞄に入っている。もし彼女に会えなくても、ちょうど一杯くらいは引っかけて帰ろうと思っていたところだ。いつもの居酒屋がバーに変わっただけ。むしろ、安い店ばかりでなく、こういうお洒落なお店の常連になってもいい年頃だ。たまたまバーを見つけたので、デビューのつもりで立ち寄ってみ

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『虹を掛ける一歩』④/⑥

それから僕はあの本屋によく通うようになった。その本屋は家と駅のちょうど間くらいにあり、通勤で電車を使う前後によく立ち寄る。これまでは気になる本があるとき思い出したように立ち寄るだけだったが、平日に行けないときは休日に行くこともある。雑誌コーナーや新刊コーナーは、少なくとも週一回ペースで新刊が出ていたり、ランキングが更新されたり、店員が目新しいポップを嬉嬉として飾っていることもわかるようになった。

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