『虹を掛ける一歩』⑥/⑥

土曜日、空は朝から生憎の雨だった。冬が近付いている匂いのする、少し乾いた雨だった。中央公園に着くと、公園の入口で傘を差して彼女が立っていた。
「すみません、お待たせしました。」
「ううん、私が少し早く着いちゃっただけです。」

どちらからともなく、いつものように他愛のない話題を話し始める。二人並んで歩くと、公園の落葉がしんなりと沈む。雨に濡れた落葉は、二人の足跡を一瞬だけ残しすぐ消していく。所々葉がなく土が見えているところや水たまりができている。長く降り続く雨は、激しくなる様子もなく、ただ静かに落葉を濡らしている。

僕の中のハートも、いつしか乾きを忘れている。安心する。彼女と過ごす時間は、無為に流れていた一人で過ごしていた時間に確かな潤いをもたらしてくれていた。彼女との会話が一段落する。一人では静寂と呼ばれたこの間も、二人では沈黙と呼ぶのだろうか。静寂はもの哀しい。今は沈黙すらも安心感に変わる。

この雨の中落葉を踏みしめる一歩のように、僕にとって、マリにとって重ねてきた一歩が、今の二人を作っている。雨の中に歩を進めるには、決して小さくない勇気ある一歩が要る。傘があったとしても、足元や靴は濡れるかもしれない。歩いていれば、車に水を跳ねられることもあるかもしれない。それでも一歩を踏み出し続けていけば、途中で誰かに出会い、共に一つの傘に入れてくれるかもしれない。歩き続けていけば、いずれ雨は止むかもしれない。そして空には、大きな虹が掛かるかもしれない。

今、中学の図書室で出会った彼女はいない。雨の中を共に歩くマリがいる。無為な毎日を過ごしていた僕に、一歩を踏み出させてくれた。景色が色を付けて鮮やかに変わった。

僕は不意に歩を止めた。一歩先を行ったマリが僕の方へ振り返る。振り向いた彼女は、僕を真っ直ぐ見つめ、そして静かに微笑んだ。僕は傘を持った手も、持っていない方の手も強く固く握りしめ、彼女を真剣に見つめた。胸の奥で潤いに満ちたハートの果実が、僕の口から言葉に変わり出てくる時を待っている。果汁はすでに滴り落ちている。心拍数が一段と上がっているのを感じる。まるで、あの夜テレビで観た、屋上から告白をしようとしている少年のようだ。テレビで映していた空は、雲一つない快晴だった。今この公園の雨は、少し小降りになった気がする。機は熟した。僕にとって決して小さくない一歩を、勇気を出して今踏み出す。

僕の踏み出した一歩は、晴れを呼び空に虹を掛けた。二人は傘を閉じ、再び共に歩み始める。

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