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【断片小説】青から覗く白

【詩】儚くも最終兵器

なら本当のことを話すけど。ある日、会社から帰ると妻が突然悲鳴をあげてリビングに置いていた観葉植物を指差して「台風がいる! そこに台風がいる!」って叫びだしたんだ。僕は意味がわからなかったし、戸惑ったけれど、とにかく妻を寝室で寝かせたんだ。 その日から妻は僕にとっての台風になった。

寝て起きたらザリガニになっていた。無論、腰を抜かすほど驚いたが抜かしたというよりは海老のように素早くバックステップを踏んでいた。いや、そもそも大前提が間違っていたのだ。僕らは最初から人間なんかじゃなかった。有象無象のザリガニが人間として生きている長い夢を見ていただけだったのだ。

綺麗に剃髪された頭部が以前から気になっていた。チャンスがあるとすれば今しかない。さきほどから寡黙に祈祷を続ける三蔵法師の頭にびっしりと細かい汗粒が吹き出ている。不治の病で運ばれてきた娘の生死がかかっているのだ。俺は音もなく近づき、その頭の匂いを嗅いだ。薄ら甘いメロンの香りがした。

おいなりさんの中にまさか妖精が隠れてるなんて思わないから、そのまま一口かじって胴体をちぎってしまった。血はない。食感はマシュマロに近いが羽が少しパサついて喉に張り付いた。どうするか迷ったが不味くもなかったので人に見られないうちに下半身も平らげた。気のせいか肩甲骨の辺りがむず痒い…

己の眼部から流れ出た感情の雫を 愛せなくなった瞬間 人はヒトでなくなってしまう 君には臓器も ぬくい血も 最初から有りはしなかった だのに君は 垂直の雫を流せた 私はもう長くはない レイチェル この地球上で 最後のヒトになりなさい 君のその 垂直に流れる雫を 愛せて良かった

その薄汚い聖域で俺は奴が出てくるのを待ち続けた… 数時間に及ぶ張り込みが功を奏した 俺の粘り勝ちだ キリキリッとさしこむ急激な腹痛 奴だ!奴がすぐそこにいる だが姿はまだ見えない どうした早く来い キリキリキリッ! 更なるさしこみ ゥッ! 今度のは強い ーー来るっ…!

脱走した💩を尾行し、その後ろ頭のかたちから97番目の💩だと確信した。犬の💩で溢れたセンター街で突然駆け出した💩に巻かれそうになって慌てたが、地下鉄に乗り込んだ瞬間捕まえることができた。だがその車輌に乗っていた💩は全員、奴の部下だった。嵌められたと気づいた時には遅かった。

『ヤマダノオロチ』 「おーい山田ー、野球しにいこうぜー」 「うん」 のそりのそり…カプッ… 「!? …オロチは連れてくんなよ。またボール飲み込まれんだろ。てかおまえ頭からがっつり咬まれてんぞ。 大丈夫なのか?」 「うん。連れてけってことだと思う」 ジー… 「こっちみんな」

神も仏もない(仮題)

6年前

「お空さんも悲しいことがあったんだね」 娘のリウが降り始めた雪を見上げて呟いた。 「どうしてそう思う? 」 「リウもお母さんが死んで悲しかったときハサミでお手紙たくさんチョキチョキしたもん」 私も空を見上げた。群青色の夜の底に細切れになった真っ白い手紙がただしんしんと降り続いた。

『視姦』 クラゲのパンティを下ろしながらいやいやと身悶え恥じらうその顔をじっと眺めた。触手をくねらせ懸命に抵抗しようとするのを乱暴に払いのけ、一気にずり下ろす。さらけ出された下腹部がプルプルと震えている。クラゲから微かに漏れ出た吐息をすかさずなじり、舐めるようにして視姦し続けた。

自分の人生は自分で選び取ったもの。そう思っていた。実際はどの街で生まれ、育ち、誰と出会い易く、どんな生活を望み暮らしていくか、恣意的に操作された選択肢の中から選ばされていただけだった。つまり我々は誰かが仕込んだ茶番の中で生きていたに過ぎない。互いが互いのエキストラとして。

タイムカプセルではない。それは昔の俺が未来に向けて埋めていたものではないのだ。入っていたのは数十年先の“未来”から“今”の俺に送られたメッセージだ。「お前がこれを読むことを俺は知っている。お前の犯罪はそのままでは失敗する。下に書いた名の人間も始末しろ。必ずだ」両親の名だった。

『タクシー』 著名な占い師に薦められ、タクシーの運転手に転職した。当初は生活も不安定だったが、ある客を乗せてからは事情が変わった。それはもうこの世の者ではなかった。が、実に羽振りがよかった。その仲間も次々と乗せ、思い出巡りを手伝った。彼らの間で私は“故人タクシー”と呼ばれている。

冬。段ボールを食してきたが噛み応えだけではどうにも空腹が満たされなくなった。手近にあった設営用のガムテープとビニールテープも試した。くちゃくちゃ噛んでいると臭いこそきついものの思いの外満足感があった。だがまだ足りん。寒すぎる。隣のテントに仲間が寝ている。人はまだだったな。

『弟』 「ヒロユキッ!!」悲鳴に近い叫び声だった。母に抱きつかれ背骨が軋んだ。カッターが手から落ちた。 三つ下の弟がいた。いつも俺にまとわりついて可愛い半面鬱陶しくもあった。あの日、森で「かくれんぼしよ」と言ったとき置き去りにすると決めていた。三日後、溜池で弟の遺体が見つかった。

【ほぼ百字小説】 また自転車の鍵を呑み込まれた。犯人は無論、家だ。うちの家は毎日自転車の鍵を呑み込む。どこに隠しても必ず呑まれ、見つけにくいところに吐き捨てられる。ある時は縁の下、ある時は屋根の上、ある時は祖母の箪笥の中というように。今朝は犬の胃の中か、どうも犬の様子がおかしい。

突如タピオカが発狂した。手近にあったナタを振り上げ「殺せー!」と絶叫したのだ。数瞬、固唾を飲んで動けずにいた我々の前でタピオカはナタを床に突き立て土下座のような体勢で額を激しく打ち付けた。囁くような声が聞こえた。右手で頭を指し、かち割れと言っているようだった。「ナタでココを……」

『彼ら』 彼らの話をしておこう。いやぜひしておかねばならない。 彼らはどこにでもいる。そしていつでもいる。無論こうしている今も我々に近づき続けている。 だがその姿を見た者は誰もいない。 彼らは視覚で認識するものではない。 それを体感する時、我々はいない。 彼らは“死”そのものだ。

なぜそれが現れたのかはわからない。宇宙人の仕業だという人もいれば神の怒り――あるいは悪魔の呪いだという人もいた。理由はどうあれ、この街を丸々映し出す巨大な鏡が突然街外れに現れ、そこから僕らとまったく瓜二つの連中が飛び出し、一斉に襲い掛かって来たのだ。本物は俺たちだって叫びながら。

有象無象の南蛮エビが大挙して上陸した。東京湾の喉元を抑えられ上洛を許すと、都心はあっけなくその機能の九割を失った。更に電光石火の占領作戦が敢行され、日本の主要都市全てが瞬く間に南蛮エビの手に落ちた。生き残った人々は今太平洋戦争末期、長野に掘られた地下坑道跡で息を潜め暮らしている。

『それ』 それをする前とした後では何もかもが違う。まず気分がいい。実に爽快だ。そして少し身軽になった気もする。いや実際体重も少し減っているのだろう。だが、それをするまでの我慢といったらちょっと口ではうまく説明できない。どこでもできるわけではないから猶更気持ちいいのだろう。

マキはいつもノーパンで登校する。知っているのは僕だけだ。彼女にはずっと振り回されてきた。それは益々エスカレートし、授業中後ろからいきなり耳打ちされたのだ。驚いて振り返ると彼女は目を細め、ゆっくりとスカートの裾を捲ってみせた。慌てて前を向く僕の背に容赦なくシャーペンが突き刺さった。

ふいに野性に返り咲いた犬歯が濃い口の表面をがっと穿つと氷砕船の如き荒々しさで容赦なく分け入り、あられもない香ばしき大陸を粉々に打ち砕いた。睦み合う謂れを失った醤油色の瓦礫が未だ独立性を懇願しながらも後続の歯牙共に矢継ぎ早に噛み砕かれ、憐れな藻屑と化していく。歯が煎餅を襲ったのだ。