喉元過ぎれば熱さを忘れるのか、自分が楽観的なだけなのか、泥を舐めて砂を齧るような地獄の日々でさえ十年二十年経って風化し、なんなら美化されているのを感じて唖然とする。 十年前の骨折よりも現在の指のささくれが痛く、過去の離別よりも今独りであることだけが辛いというわけだ。
死ぬことは必然で、日々を生きることによって我々は抗っている。生きることは抵抗することで、死ぬことは服従することだ。生きているのは抵抗の証である。我々は皆、いかに無気力にいようとも、生まれながらの抵抗者として存在している。