ヨーロッパ世界史旅

アレクサンドロス大王!ペルシャ戦争と覇権の変遷

コテンラジオ・アレクサンドロス大王の第2回目です😁

かつての栄光は今いずこ...ギリシャの混乱と没落を語ります。

恐悦至極
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桃源郷を散歩する(ドイツ・ライン川・ケルン)

ライン川クルーズ&ケルン 

ニュルンベルクを後にし、ライン川へ向かった。ライン川はドイツの西に位置しており、中でも川沿いのボンは東西ドイツに分裂してきた頃の西ドイツの首都である。マインツ〜コブレンツのライン川一帯は世界遺産に登録されている。

ニュルンベルクから目的地のバッハラッハ(ライン川沿いに位置し、ギリシャ神話のワインの神、バッカスに由来。そのためワインの産地として有名)まで4時間。もうヨ

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″知る″に帰着する(ドイツ・ニュルンベルク)

ニュルンベルク編

″知る″に帰着する

ニュルンベルクはWWⅡ後に敗戦したドイツの戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判が行われた地として有名ではないだろうか? またヒトラーが最もドイツらしい地としてナチスの党大会の会場として選んだ地でもある。

僕がニュルンベルクに訪れたかったのは、ニュルンベルク裁判所、党大会会場の跡地及びナチスの台頭とその歴史を伝える党大会文書センター、アルブレヒト・デューラー

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美術に救われる(ドイツ・ドレスデン)

ドレスデン編

プラハを出てドイツ入り。ヨーロッパ一の経済他国だ。街中ではタッチパネルの案内地図、ビル、スーツを着た人(この旅で初めて見た)が歩いていたり、それを物語っていた。また移民を大量に受け入れているだけあって、人種も多種多様でこれも今まで見られなかった光景である。

ドレスデンはWWⅡ時に空襲(ドレスデン空襲)に遭い、壊滅的な状態から復興した街。

中心街にそびえ立つ聖母教会は復興のシンボ

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惚気話(チェコ・プラハ)

プラハ編

新しい街に来るたび不安に駆られる。「治安はどうだろう、宿は見つかるだろうか…?」と到底楽観的ではいられない。プラハも治安は良いと聞くが、いつもの如く不安。そんな話は置いといて・・・

世界史的にはマイナーな国だがプラハの春とビロード革命で有名。旧社会主義国であり、これらの革命で民主化を達成した国だ。世界一美しい街とも言われているらしい。僕はまだ世界を知らない井の中の蛙なので比較して評価

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煌々たる王家の苦悩(オーストリア・ウィーン)

ウィーン編②

シェーンブルン宮殿

この日はウィーン1の観光地とも言えるシェーンブルン宮殿へ。ハプスブルク観光の集大成。
ここは中心街から離れた離宮であり、オスマン帝国による第二次ウィーン包囲で荒廃したものを再建して今の姿に至る。ナポレオン戦争後のヨーロッパの立て直しを図ったウィーン会議もここで行われた。

22室と40室の見学コースがあるが、高くても後者を選択した方がいいだろう。(ちなみに全

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ハプスブルクを感じる(オーストリア・ウィーン)

ウィーン編①

クラクフから列車に乗ってウィーンへ移動した。″漠然と″ハプスブルクを感じたいがために。 (ハプスブルクは複雑なのでwipediaでどうぞ笑 )列車は謎の停止を繰り返すも時刻表通り正確に運行し、7時間で到着。

夜着のため宿で寝るだけのつもりだったが、寝るには早かったのでウィーン中心街を散歩した。歩きながら、「″漠然と″ハプスブルクを感じるためだけにウィーンに来たけど、物価も高いし失

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暗闇を泳ぐ 〜後編〜(ポーランド・クラクフ)

旧ゲットーを後にして現ユダヤ人居住区であるカジミェシュ地区へ移動した。現実に起こったことなのだが、移動中にポーランドで初めて太陽を拝めた。ユダヤ人の悲しみを背負ったゲットーの過去から、明るく陽気なカジミェシュの現在への変化を感じ、一気に高揚感が生まれた。

カジミェシュ地区は中世のカジミェシュ3世がユダヤ人街を作ったことに由来し、シナゴークがいくつかあり、珍しくユダヤ教徒でなくとも見学できる。

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暗闇を泳ぐ 〜前編〜(ポーランド・クラクフ)

クラクフでの生活も慣れてきた。3日目ともなると街や国民のことが多少は分かってくる。

カップルの多さ

これはポーランドに限った話では全くないが、男女で歩いている組が圧倒的で、至る所でチュッチュしてる。
改めて日本の街中で見かけるカップルの割合を思い返すと、その未来を悲観せざるを得ない。

みんな流暢に英語を話す

当然僕はポーランド語を話せないので、英語に頼るしかない。最初は英語が通じるか不

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アウシュビッツを訪れて 〜後編〜(ポーランド・クラクフ)

遥々訪れてわかったこと

結論から言うと、シンプルにアウシュビッツ自体は過去の凄惨さを伝えるもの、というよりも未来永劫二度と同じ失敗を繰り返さないことを世界に発信するための遺産だと僕は感じた。勿論、凄惨さを伝える役割は担っているが、今の時代どこにいてもアウシュビッツ博物館について知ることが出来る。ただ、後者については現地に足を伸ばさなければ感じられない気がしている。

批判を受けるかも知れないが、

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