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【モノローグエッセイ】独裁者のスープのモノローグ

☆彼の作ったスープを飲んで、美味しいと思ったら、私も独裁者になるのかしら?

【設定】
エットリア:架空の国家。先の戦争で敗戦し国力を失っていたが、バーミッシェリ総裁の国策により、体制を取り戻した。しかし、バーミッシェリ独裁政権発足後は、国内は混乱し、諸外国の非難や制裁を浴びることとなる。現在は国内暴動が起きてから1ヶ月が経過しようとしており、国内外共に対立は続いている。

バーミッシェリ: ヴァイザイティッツ・バーミッシェリ。男性。架空の国家エットリアの架空の総裁。彼の国策により弱体化したエットリアを復興させたことからカリスマ的人気を誇っていたが、現在は独裁政治を進めている。若年層からの支持率は下がる一方だが、60代から上の年齢層、富裕層、一部貧困層からの支持が今も続いている。


【登場人物】
女性:エットリア人の女性。20代。エットリアから国外へ逃げている途中。50代前半の両親を持ち、家族とは離れて暮らしていた。

※本作はフィクションです。実在の人物や国家、団体などとは関係ありません。

第1稿

お昼を少し過ぎた時刻。
晴れ。やや曇り。空気は乾燥している。
列車の個室席。自由席で、座席内部は、ウッド調の空間で、緑のベルベット地のソファに、開閉ができる窓、内側から鍵がかけられる扉があり、扉の窓には座席番号表記がある。座席の頭上には荷物を収納できるスペースがある。
既に一人の乗客が座っている。乗客は堅苦しくないシャツに動きやすいストレッチ素材のボトムスを着ていて、カメラと黒いショルダーバッグを座席の傍らに置いてスマートフォンでネットニュースを見ている。
列車内部の通路をキョロキョロしながら歩いていた一人の女性がその個室の前で立ち止まり、扉をノックして開ける。

女性:
すみません!相席してもいいですか?どの席も空いてなくて…ありがとう、(荷物を持ったまま席に座る。)
ふぅ……あなたはどこまで?…あぁ、私と一緒だ、…じゃあさ、初対面で、ぶしつけなお願いで申し訳ないんだけど…車掌が来たら、知り合いのフリをしてくれない?二人で旅行って。…あ、怪しまないで!大丈夫、あなたに被害は何も与えないことを約束する。
(声を少し潜めて、だが必死に)私、アレなの。(ポケットから紙を出して見せる。)…分かるでしょ?……(ホッと息をついて)ありがとう、あなたが理解ある人で良かった。こないだ会った人なんて、これ見せただけで水ぶっかけてきたんだから、こっちには話が分かる人がいるだろうと思ってたのに……え?今なんて?……取材?、私に?……へぇ、あなたジャーナリストなの!…私に取材…ってことは、私の話を、記事にしてくれる…ってこと?
…この席に座れたのはラッキーだったみたい!受ける!もちろん!、ドア閉めるね(個室の扉を閉め、また座る。)
…ふーん、じゃあ、あなたは取材のために行くのね、あっちには私みたいなのが多いって聴いたから、他にも色々話が聴けるかもね。…さて、何を話したらいい?……何でもいいの?…そう…うーん…じゃあ、今、私が思ってることを言いたいだけ言うわ。それでもいい?…ありがとう。ぜひ一人のエットリア人の主張として、良い記事にしてね。
はい、さっきも見せたけど、私はエットリア人です。今や悪い評判しか聞かなくなったエットリアが、私の故郷。最近じゃ、エットリア人ってだけで水ぶっかけられたり、空き缶が飛んでくる始末。それもこれも全部、皆様ご存知の通り、バーミッシェリ独裁政権のせい!
…もう国民の大半が大ブーイングだよ!でも、私のパパママ世代より上の年齢層とか一部の貧困層はバーミッシェリ支持派が多くてさ、「バーミッシェリの行いはエットリアのために正しいことだ!」とか平気で言ってる。若者はそれ見てドン引き。正しいことしてたら暴動なんて起きないでしょ?だから、私みたいに国外に出る人はほとんど若い人ね。私は家族とは離れて暮らしてたから、それぞれ別行動で国を出てるの。暴動が起きる前に私達は動き始めたからそこまで大変じゃなかったけど、今じゃ国を出るのも大変なんだよね。飛行機はもちろん、電車も高速道路も使えないし、バレたら即逮捕だし。遠回りに遠回りを重ねて、歩いて歩いて、今ココ。
国から外に出ちゃえば一安心できると思ってたけど…今度はエットリア人ってだけで悪者扱いされる始末。私は何もしていないのに。国の外に出ても、バーミッシェリのしてることを私達は全部背負わされてる。ほんっとーにふざけんな!って感じよ!何をどう考えたら国民の反対押し切ってあんなこと始めるわけ?!…昔は、あんな人じゃなかったのに…。
(ため息をついて)総裁になった当初はさ、カリスマ的人気があって、国民のために色んな取り組みを進めてた。高速道路や劇場とか、国立公園とかの建設を進めたり、労働者の福利厚生とか男女間の格差が生まれないようなケアも徹底したり、とにかくやることなすことが革新的ですごかった。「バーミッシェリはエットリアの希望」とも言われてた。
あ、あと、実はバーミッシェリってね、料理がすごく上手なの。もともと総裁官邸お付のシェフだったんだって、あの人。よく路上生活者や貧しい人のために、無償で自分の料理を振る舞っていたわ。あの人自身も貧しい生まれだったみたいで、貧困問題へは特に力を注いでた。私は子ども向けのキャンプイベントで初めて彼の料理を食べたんだけど、どれもめちゃくちゃ美味しいの!中でも、赤い野菜のスープが美味しかったな。キャンプでみんなで焼いたパンと一緒に食べると、すごく美味しくて。彼の料理が振る舞われる時は必ず参加して食べに行ってた。つい1ヶ月前のチャリティーにも。
…でも、こうなってから私、思ったの。彼の作ったスープを飲んで、美味しいって思ったら、私も独裁者になるのかな?…私は今のバーミッシェリは大嫌いだけど、私がエットリア人ってだけでエネミー扱いしてくる人も同じくらい嫌い。私に水をぶっかけてきた人はさ、私がエットリア人だから、バーミッシェリの国の奴だって思って水をかけた。独裁者の国の国民は、みんな同じように独裁者だ悪い奴だって思ったってことでしょ?人種差別的な人がトップのメーカーの製品を使う人はみんな人種差別主義者なのかしら?どんなに私が違うと主張しても、私はその製品を使ってる、彼のスープを美味しいと感じた、エットリア人だからってだけでこれからもずっとバーミッシェリと同じと見なされるのかな?私達が被りたくもないのに被った罪は、いつになったら許されるの?エットリア人ってだけでこれから一生差別され続けて、やりたいこともできなくなるのかな?……一人だとこんなことばっか考えちゃう。
…え?何それ?…(少し微笑んで)そう?あー確かに、こんな状況でも、私は元気だし、前向きなの。そりゃあ不満も不安もたっくさんあるけどさ、それでも明日は来ちゃうじゃん?それなら嘘でも、私は元気でいるよ、明日のために。バーミッシェリのしたことを私は許せない。でも、そのせいでエットリア人が不当な扱いをされ続けるのも私はもっと許せない。私の中にある思いは、あなた達と同じなんだよ。どうか、上辺だけ見て判断して、エネミー扱いなんてしないで。私達の…(窓を叩く音。窓の外には車掌が。)あ、今開けます。(個室の鍵を開ける。)すみません、切符の確認ですよね?(鞄から自分の切符を出し、ジャーナリストの切符を貰って一緒に車掌に出す。)お願いします……はい、旅行です、二人で。…一週間かな…気に入ったら住んじゃうかも。同じところにずっといるのには、もう飽き飽きしちゃって。


追記
このジャーナリストのインタビュー記事は後日各種メディアで取り上げられ、世界的注目を浴びた。
SNSを通してこの記事のことはエットリア国内でも注目を浴びたが、検閲機関によって既に閲覧ができなくなっている。


おわり

※本著作物の著作権は、橋本薫子に帰属します。

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