「200字の書評」(310) 2022.1.10
寒中お見舞い申し上げます。
賀状をいただいた方に御礼申し上げます。平和で穏やかな年を希求しています。
庭の蝋梅は12月下旬に開き始め、今や五分咲きです。寒風に耐えて咲く黄色い蝋細工はやがて芳香を漂わせてくれるでしょう。
皆さん、どんな新年を迎えましたか。穏やかで静かな三が日でした。寒に入るとさすがに気温が急降下、朝布団から出るのが辛くなっています。関東には降雪があり、首都圏の雪への脆弱性が露わになりました。相次いだ交通事故と渋滞、交通機関の混乱は備えの弱さと警戒心の薄さの反映でしょう。
心配されていたコロナ禍第6波、いよいよ現実化してきました。厄介なことに感染力の強いオミクロン株が勢力を増しています。沖縄では感染者数は4桁、医療機関は逼迫です。急増しているのは山口、広島、東京、青森などもです。東京でも感染者は1日1000人を超えました。共通するのは米軍基地です。検疫も入国審査も抜きで、我が物顔で日本国に出入りする米軍兵士と関係者その家族は、自国領土の延長であり植民地程度の認識なのでしょう。安保条約に根拠を置く地位協定が元凶です。憲法と法令より上位にあるのが地位協定で、それを運用する日米合同委員会は米軍幹部と関係省庁の高級官僚によって構成されています。決定事項は最優先の課題となり、議事録は公開されていません。政府は弱腰で、強硬な抗議はしていません。独立国の要件を欠いているのではないでしょうか。右翼は何故抗議行動をしないのでしょう。
さて、今回の書評は独立物理学研究者による、歴史学者とは別な視点からの日本近代史です。
山本義隆「近代日本一五〇年―科学技術総力戦体制の破綻」岩波新書 2018年
明治維新と文明開化は軍の近代化に本質があり、近代化工業化と同列であったとの問題意識に貫かれている。西欧技術の取入れこそ急務であり科学を学問としてではなく、技術の裏付けとして捉える。帝国大学は国家第一主義と実用主義に貫かれていると指摘する。現代の学術会議任命拒否に通底し、軍事研究に邁進した理系研究者の意識にも筆が及ぶ。物理学者の誇りと、東大闘争の主題でもあった学問研究への危機感は今も燃えている。
【睦月雑感】
▼ 冷え込みのきつい朝の楽しみは、いつも語っているように真っ白な富士山です。手前の毛呂山、越生の低山、その向こうの秩父連山が薄紫色の山並みを重ね、その背後の青空に浮かぶ純白の富士山は印象的です。江戸時代富士山信仰が広がり各地に冨士講が組織され、身近に富士塚を築いていました。その気持ちが理解できるような気がします。
▼ 正月3日、息子夫婦と娘、孫が集まり久しぶりに家族が揃いました。昨年はコロナ禍が深刻で全員が顔を合わせる機会はほとんどありませんでした。今年は小康状態を利しての貴重な時間となりました。もう一人、息子の友人も参加。彼は高校時代からの親友で受験時代の受難を共にし、良く泊まりに来ていました。ほぼ家族同様で、時には息子がいなくても(息子は宇都宮勤務なので)来てくれて、私共と飲んで語って最終電車で帰っていきます。絶対音感の持ち主、音楽愛好の余り現在新築中の自宅には防音室を設けると、図面持参で嬉し気に解説してくれています。素敵な友人は得難きものだな、と改めて思います。
▼ 2日・3日は恒例の箱根駅伝でした。大分前までは熱心に2日間テレビ観戦をしたものでした。ここ数年は興味が薄れています。何故なのか考えてみました。過度のショー化と感動の押し付け?勝つためには何でもあり、留学生と称する外国人選手の導入、中学高校時からの囲い込み、特待生制度によるプロ的優待、新興大学の露骨な宣伝臭などが鼻につくのです。以前は一般入試で入ってきて、念願の箱根を走る選手もいて感心したものでした。勝利至上主義と商業主義的傾向に、利権まみれのオリンピックと同じ轍を踏まねば良いが、と思う2日間でした。
<今週の本棚>
今野敏「寮生」集英社新書 2017年
事件は北海道屈指の進学校函館ラサール高校の寮で起きる。1年生の筆者は、入寮早々2年生が屋上から転落死するこの事件に疑問を持ち、友人たちと真相に迫ろうと動き始める。上級生たちの不可解な態度に翻弄される。1970年ごろの男子寮と、幕末から外国船に開かれていた函館の雰囲気を背景に、ミステリー仕立てで展開していく。果たしてその真相は?冒険小説、警察小説の手練れの書き手である著者の少年時代が窺える。
先輩後輩の関係、寮の雰囲気など大学時代に4年間学生寮(北海道出身者のみ大学は別々、バンカラあり学生運動グループありで良き想い出です)で生活した私には、思い当たり共感すること大であった。
100万ドルの夜景と称される函館にはエキゾチックな風情が色濃く残り、建物には風格があり、裏通りの町家にも歴史が刻まれ。また、港には青函連絡船「摩周丸」が保存されていて、好きな街の一つです。
青函連絡船と言えば、昨年12月に読売新聞の取材を受けました。世界記憶遺産への登録を目指す連絡船に関し取材している、実際に乗っていたその思い出を語ってほしいとのことでした。釧路から夜行列車で東京を目指した頃の思い出を、やや感傷的に話しました。21日に記事として掲載され、上手にまとめてありました。
福岡伸一「できそこないの男たち」光文社新書 2008年
題名からして怪しい。分子生物学者の著者は実にシビアに男の脆弱性を解明してくれる。卵子と精子が合体して発生すると、すべて女性的器官を備えている。それがある時期に特定の因子(SRY遺伝子)が働いて男になっていく。何とも不思議な話である。
遺伝子とかDNAなど門外漢にはやや面倒な記述もあるが、「染色体は書物にたとえることができる。ぎっしりと情報を詰め込んだ書物。実際、そこには文字列が書き込まれている。」との一節に親近感をかきたてられた。研究者たちの先陣争いや、その経過が巧みに綴られ小説にもなりそう。優秀な研究者は、優れたサイエンスライターでもある。
小寒の次は大寒、厳しい季節はまだまだ続きます。3回目のワクチン接種はどうなるのか、先は見えません。マスク手洗いなど基本的な注意事項を守って、健康に留意して暮らしましょう。