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『資本主義の家の管理人』~市場化した社会を癒す希望のマネジメント 第10回 第七章 資本とは何か

第七章  資本とは何か ~貧しい資本主義、豊かな資本主義



<本章の内容>
この章では、資本の本質とその社会的価値について探求しています。貧しい資本主義と豊かな資本主義を対比し、資本の新しい理解を提供しています。


「われわれは生産の手助けをしてくれる資本を造りだすために働いている。科学・技術知識、精緻な物的インフラストラクチャ(産業基盤)、精巧な各種の資本設備等の資本がそれである。だが、これとてもわれわれが使う資本のごく一部にすぎない。資本の大部分は自然からもらうのであって、人間が造りだすのではない。」

E.F. シューマッハー『スモール・イズ・ビューティフル』

トマ・ピケティは、『21世紀の資本』において、膨大なデータの分析を通じて資本主義が長期的に富の集中と不平等を拡大させることを明らかにしました。

資本主義は私的利益の追求を原動力として豊かさを実現する経済システムであり、私有財産制と自由市場をその両輪としています。

しかし、ピケティが証明したように、資本主義には資本を持つ者が豊かになるという性質があり、それが行き過ぎると、格差が拡大し、社会の公正さが損なわれ、自然環境が犠牲になるという問題が生じます。

このような懸念から、2015年に国連が策定したSDGs(持続可能な開発目標)や、ESG(環境・社会・ガバナンス)、CSR(企業の社会的責任)などの枠組みが注目されるようになりました。これらの枠組みは、企業が自社や株主の利益だけでなく、社会や自然とのバランスを保つ必要があると主張しています。

近年は、資本主義の弊害に対する意識が高まり、環境や社会の視点から一定の制約をかける必要性が世界的に認識されています。」

このような懸念から、2015年に国連が策定したSDGs(持続可能な開発目標)や、ESG(環境・社会・ガバナンス)、CSR(企業の社会的責任)などの枠組みが注目されるようになりました。これらの枠組みは、企業が自社や株主の利益だけでなく、社会や自然とのバランスを保つ必要があると主張しています。

近年は、資本主義の弊害に対する意識が高まり、環境や社会の視点から一定の制約をかける必要性が世界的に認識されています。

一方、自由な経済活動を重視する資本主義の擁護派は、規制や干渉を排除して自由な市場取引を維持することが人間社会の発展には不可欠であると考えています。

資本主義は何らかの公的な規制によって統制されるべきなのでしょうか。それとも、統制は市場の自律的な調整機能に委ね、極力自由な経済活動を守るべきなのでしょうか。資本主義を巡るこうした二項対立的な認識が社会や自然と人間の経済活動の共存(適合)を難しくしているのが、現在の状況ではないかと思います。

資本主義は人間が作った社会制度です。包丁やナイフと同じように、使い方次第で便利で有用にもなれば、危険な凶器にもなるものであり、それ自体は善でも悪でもありません。資本主義は、個人がお金を稼いで財産を増やし、自由を保障するための道具なので、それを批判したり擁護したりするのではなく、その道具を人間がどう解釈し、どう使うかが論じられなければなりません。

「資本」という言葉を辞書で引くと、以下のように定義されています。

1.商売や事業を行うために必要な基金。元手。
2.生産の3要素(労働・土地・資本)の一つで、新たな生産のために投入さ れる、過去の生産活動が生み出した生産物のストック。
3.資本制生産において、剰余価値を生むことで自己増殖を行う価値の運動体。
4.簿記で、企業の資産総額から負債総額を差し引いた純資産。自己資本。

小学館『大辞泉』

1)~3)は広く「事業や生産の元手となるもの」を指しており、4)はお金そのものを指しています。このように、資本には広義の資本と狭義の資本の2つの意味があります。

次に「資本主義」については、以下のように定義されています。

「生産手段を資本として私有する資本家が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者から労働力を商品として買い、それを上回る価値を持つ商品を生産して利潤を得る経済構造。生産活動は利潤追求を原動力とする市場メカニズムによって運営される」

この定義からは、資本主義が「資本家が労働者から労働を搾取して富を手にする」非人間的なシステムであるというニュアンスが読み取れますが、それはさておき、留意すべきキーワードは「私有」「商品」「利潤」「市場」です。この定義は、資本は私有物であり、労働力は商品であり、資本主義の目的は利潤の追求であり、市場メカニズムに支えられていると述べていますが、果たして、本当にそうでしょうか。私有物でない資本、商品でない労働、利潤の追求でなく、市場メカニズム以外のもので支えられる資本主義は存在しないのでしょうか。

続いて「資本家」を見てみます。「資本家」は以下のように定義されています。

「企業に資本を提供している者。経営を直接に担当している機能資本家と、単に利益の配分にあずかるだけの無機能資本家とに分類することもできる」

「機能資本家」と「無機能資本家」という分類は、「第三章 フィクションとしての会社」で論じた株主の自益権(利益を手にする権利)と共益権(経営の重要事項を決定する権利)にの問題であり、資本と経営の理解する上で重要な視点です。

資本家の主な目的は利益の追求にあります。機能資本家は自ら経営に携わってこの目的を達成しようとする一方、無機能資本家は経営を他者に委ねます。つまり、資本家にとって経営は利益を得るための手段なのです。
資本家の目的は利益の追求にあり、その目的のために経営を自ら行うのが機能資本家、他者に任せるのが無機能資本家です。資本家にとって経営は自らの利益のための手段なのです。

しかし、経営者の視点は異なります。経営者にとって、資本提供者への利益還元は義務であって目的ではありません。経営者の目的は、自分たちが目指す世界に近づくことであり、利益はそのための手段です。SDGsやCSRなどコーポレートガバナンスの本質は、このギャップを適合させることにあるのだと思います。

資本家の定義で押さえておく必要があるのは、資本家とは「企業に資本を提供している者」であるということです。

法律も会計も、「企業に資本を提供している者」とは資金(お金)を提供した者を指すというのが前提です。法的世界も会計的世界も、「資本とは狭義の資本である」ということを前提に、経済活動と会社の全体像が構成されています。しかし、実際の経済の世界では、土地・労働・資本は「生産の三要素」であり、3つともすべて生産の元手となる資本なのです。広義の資本においては、土地の提供者である地球も、労働の提供者である働く人々も資本家なのです。

資本提供者への利益還元が経営者の義務であるなら、土地を提供した地球にはその土地を豊かにすることで、労働を提供した人々にはその生活を豊かにすることで報いるのが経営者の責務ということになります。

市場経済が広がる世界では、土地も労働も資本ではなく商品です。アメリカインディアンの英雄テカムセにとって、土地や雲や大洋は商品にしてはならない神聖なものでしたが、新大陸の白人植民者にとって、それは人間に所有され、値段が付けられ、売買されるものでした。そして市場経済は、経済を成長させるためにあらゆるものが商品化していきます。

資本と商品の違いは、商品が消費されてなくなるものであるのに対し、資本は生産に使われ価値を増やす元手となるものであるという点です。商品は消費されて価値が減っていき、最終的には無価値になりますが、資本は生産に投下され、増えた価値が再投資されることで大きくなっていきます。土地や労働も、商品と見なせば、やせ細り、生産力を失っていきます。環境やハラスメントの問題は、地球や人間を資本ではなく商品と見なすことから生じているのです。

会社法や会計の世界が描く会社では、会社が利益を上げて増えるのは自己資本であり、それは株主の利益です。会社が儲けたからと言って所有する土地の価値が上がるわけでもなければ、労働者の資産が増えるわけでもありません。土地の価値を上げるのは会社の利益ではなく、不動産市場です。利益を給与に回せば費用が増加するだけです。しかし、資本提供者への利益還元が経営者の義務であるなら、こうした認識はバランスを欠くものです。そして、土地と労働という資本に利益を還元する方法は、貸借対照表に現われる数字を大きくすることではありません。それらは数字では価値を計れない資本なのです。

法律や会計の視点だけに囚われず、数字ではない方法で土地(地域社会)や労働(人)に利益を還元している会社も一部には存在します。それらの会社が資本主義を道具としてどう使い、資本の提供者たちにどのように価値を還元しているかは「終章 資本主義の家の管理人」で具体的に見てみたいと思います。

広義の資本を豊かにする経済活動を本書では「豊かな資本主義」と呼びます。これに対し、市場化した社会の常識とされている資本主義を「貧しい資本主義」と呼びます。貧しい資本主義は、資本を消費し、その生産力を喪失させ、価値を毀損させていきます。あのマルクスが『資本論』で唱えた「資本の自己増殖」とはまさに逆の現象を引き起こすのです。

一般的な資本主義の概念では、資本家はお金や物などの資本を使って利益を上げる仕組みであり、土地を持つ人は土地を資本として、お金を持つ人は株や債券など金融商品を資本として、個別の資本ごとに収益を獲得すればよく、そこには必ずしも会社という仕組みは必要ありません。

一般的な資本主義の概念(貧しい資本主義)(筆者作成)

これに対し、豊かな資本主義では個別の資本が単独で利益をもたらすのではなく、互いに関連し合って価値を生み出します。そのために会社という仕組みが必要になります。そして、会社の枠をはみ出た人的資本や、会社の枠の外にある社会資本や自然資本など、所有できない資本も会社の生産活動における重要な資本として認識されます。従って、会社が獲得した利潤は、これらの多様な資本の提供者にバランスよく還元されなければなりません。

この意味で、いわゆるグローバル企業が節税や財務戦略と称して租税回避地に拠点を移す動きは、社会資本への還元を回避する行為として厳しく非難されるべきだと思います。

豊かな資本主義と資本の提供者(筆者作成)

人間の世界には、所有したり、値段を付けたり、売買してはならないものがあります。人間そのものはもちろんのこと、ノーベル賞やオリンピックの金メダルといった栄誉や、身の回りの人間関係、地域社会の生活も同様です。もしノーベル賞や金メダルが商品として売り出されたら、その価値は瞬く間に失われてしまいます。

貧しい資本主義はあらゆるものを商品にして経済を拡大しようとしますが、豊かな資本主義は、商品にしてはならないものを峻別し、広義の資本の提供者にバランスよく利益を還元することを目指します。そのためには、法律や会計がカバーしきれない資本主義の見えない部分を視野に入れ、市場が生み出す歪みを修正するための人間の判断力と考える力が必要です。マネジメントの出発点が「見る力」と「考える力」を身に付けることであるというのは、この意味においてなのです。

自然や社会や人間は、株主や会社が所有することはできません。所有できない資本も含め、社会を構成する広義の資本をいかに豊かにしたかが会社の価値を測る物差しになる。それが豊かな資本主義です。そこに集まった仲間たちが自分たちの目指す世界のために頑張って利益を上げ、利益を大切な資本に資本に投資していく。それが企業活動の全体像であり、その活動を持続させるのがマネジメントという仕事の本質なのです。

豊かな資本主義の会社は、社内と社外を隔てる壁の低い会社です。そもそもがフィクションである会社は、外部世界との間に強固な壁を持つものではありません。会社は、社会や自然との関係の中に存在し、関係によって変化し続ける「事業体(Enterprise)」なのです。

事業・会社・事業体、それぞれの資本とマネジメント(筆者作成)

「第二章 企業活動の全体像」で述べた、資源(Resources)と資産(Assets)と資本(Capital)の違いとマネジメントの関わり方は、豊かな資本主義でも変わるところはありません。

資源は「世界に存在するありとあらゆるもの」です。企業は資源の中から自分たちに必要なものを選択して資産とし、資産を資本に変えて生産活動を行っています。人材であれば、世界中の人の中から自社に適した人を採用し、研修や現場での実務経験を積ませることによって資本に変え、適材適所の配置と分業によって効果的な生産を行います。この流れを示す図は、第二章に掲載しましたが、以下に再掲しておきます。

資源・資産・資本とマネジメントの関わり(筆者作成)

見えるものと見えないもの、数値化できるものとできないもの、人工的なものと非人工的なもの、所有できるものとできないもの。さまざまな資本の性質に応じて、マネジメントの関わり方は変わります。

働く意欲や良い組織文化は、関係者がその存在を認識し、共有し、協力して育むことによって磨かれていきます。人間が創り出せない自然資本は、その回復力や生産力を人間が保護し、促進する必要があります。所有できない資本は、手に入れようとするのではなく、手入れをして良い関係を築くことでしか価値を高めることはできません。

貧しい資本主義は、本来資本であるはずのものを商品化して拡大してきました。しかし、これが行き過ぎると資本の関係は分断され、結果として事業体としての会社の価値も損なわれます。

資本主義は道具であり、それ自体は本質的に邪悪なものではありません。会社とマネジメントは、その道具を上手に使い、豊かな資本主義を実現する責任を負っているのです。

★ 希望のマネジメント   

  第8条 「資本を豊かにする」


<本章のまとめ>

  • 資本家が「企業に資本を提供している者」であるなら、地球も労働者も広義の資本家である。資本の概念を広く捉え直す必要がある。

  • 商品は消費されて消え、資本は生産して価値を増やす。資本を商品とみなせば、生産力が失われ価値が減少していく。

  • 会社は内に閉ざされた存在ではなく、社会や自然との関係の中に存在する「事業体」である。

  • 広義の資本をいかに豊かにしたかが企業の価値を決める。それが「豊かな資本主義」の考え方である。

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