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初めて一人で映画館に行った日。「まともじゃないのは君も一緒」鑑賞記録

◆「まときみ」との出会い

私にとって映画館という場所は必ず誰かと一緒に行く所だった。同じ鑑賞系でもライブにはほぼ一人でしか行かないけれど、映画だけは家族や恋人と見に行くことがほとんで、一人ででも映画館に足を運んで映画を見たい、と思ったことが実は一度もなかった。つい先日までは。

4月3日(土)に映画「まともじゃないのは君も一緒」(略して「まときみ」)を見に行った。この日は一人でではなく、いつものように恋人と一緒に近所のシネコンへ。

映画の紹介は以下に公式サイトから引用させてもらう。

今もっとも注目と期待度の高い、成田凌、清原果耶がW主演し、『婚前特急』『わたしのハワイの歩きかた』の監督・前田弘二、脚本・高田亮コンビが手がけるオリジナルストーリー。

成田演じる数学一筋〈コミュニケーション能力ゼロ〉の予備校講師・大野と、清原演じる知識ばかりで〈恋愛経験ゼロ〉の香住。全く噛み合わない二人が繰り広げる “普通じゃない”ラブストーリーは、現代の誰もが抱く“自分って普通?“という不安を代弁したような作品となっており、独特のテンポかつノンストップで繰り広げられる終始噛み合わない会話劇が、成田と清原の演技派俳優二人によって見事に成立。

音楽は、あいみょんなどの楽曲プロデュースも行っているクリエイター関口シンゴが担当。主題歌は、“2021年最注目シンガーソングライター”のTHE CHARM PARKが手がけ、題字とイラストは個性的な世界観で注目を集めるイラストレーターの福嶋舞が描き下ろしている。

私が最初にこの映画を見たいと思ったのは去年のこと。劇中の音楽を関口シンゴさんが担当していると知った時だ。

関口シンゴさんは以前もライブの感想を長々と書いてしまったくらい大好きなギタリストさんで、映画館で関口さんが手がけた劇伴を聴けるのをずっと楽しみにしていた。音楽が聴きたくて映画を見に行きたいと思ったのは初めてだ。

そして主演の1人が清原果耶さんだったことで映画そのものへの期待もかなり高かった。清原果耶さんのことは2019年のドラマ「俺の話は長い」で知り、すごくいい演技をする俳優さんだなと思って印象に残っていた。

「俺の話は長い」は脚本も出演者たちの演技も演出もすべてが素晴らしくて、恋人と一緒にいまだに何度もリピートして見ているくらい好きな作品だ。(ちなみに恋人とは音楽やその他もろもろの趣味はほぼ合わないのだけれど、ドラマと食べ物の好みだけはかなり合う。)

というわけで、彼に「果耶ちゃんが出てる映画があるよ」と予告編の動画を見せるとやはり食いついてきて、二人で見に行く運びとなった。(「何でこの映画のこと知ったの?」と彼に聞かれ、劇中の音楽担当が…と説明したけれど、どうも軽く聞き流されていた感がある。)

予告編や特報で少しだけ関口さんの劇伴を聴けます。

◆一度目の鑑賞

とにかく面白くて本当にいい映画だった。主演の2人が演じる大野と香住のやりとりが絶妙におかしくて楽しくて心地いい。他の出演者の皆さんの演技も素晴らしかった。

会話劇でテンポよく進むから、前半の多少強引な展開も自然と面白く感じて素直にその先を楽しめる。そしてシーンの余白や俳優さんの表情で魅せる場面など、会話がやむシーンが一際美しく見える気がした。

私も彼も、同じ映画を何度も劇場へ見に行くタイプではないのに、二人して「もう1回くらい見に来たいかも」と初めて言い合った。クスッと笑えたり、じんわりとセリフが沁みたり、表情の演技にぐっときたり…見終えた後に心の中に清々しい風が吹くような、幸せな余韻が長く続くとても素敵な映画だった。

もちろん私は関口さんが手がけた劇中の心地よい音楽も耳を澄ませて満喫した。シーンに勢いやコミカルさや優しさを添える、いろんな曲調の素敵な曲たち。知っているギターの音だ、と何度も思った。

彼は主題歌(THE CHARM PARKさんの「君と僕のうた」)を心底気に入り、その日家に帰ってからもずっとこのYouTubeを流して歌っていた。

(ちなみに彼はやはり私の話を適当に聞いていたようで、劇場を出る時に「主題歌めっちゃいい歌だわ~。これが聴きたかったんだよね?」と言われて脱力してしまったけど…)

この主題歌がまた本当にすごくいい曲で、THE CHARM PARKさんのやわらかい歌声が心地よくて、私も事前に聴いて大好きになっていた。劇場で本編を見終えた後にこの曲がエンドロールで流れると、映画と地続きな世界観だと気づいてさらに好きになった。

◆二度目の鑑賞

それから約2週間後の4月16日(金)、私は1人で渋谷の映画館にいた。

それまでに何度か彼にまた見に行きたいとアピールしていたけれど、時間が経つにつれて彼は「やっぱり2回目はいいや」という気持ちで固まってしまったようだった。私も元々そっち側のタイプの人間なので彼の気持ちもよく分かる。一緒に行くのは諦めるしかなさそうだ。

私の中で「行けるタイミングがあればまた見に行きたい」という気持ちが消えなかったのは、それだけこの作品に流れる空気感が心地よくて好きだったということだと思う。映像も、ストーリーも、俳優さんたちの演技も、音楽も。全部ひっくるめて理屈抜きでとても良くて、どうしてもまた劇場であの空気に触れたかった。

正直に言えば関口さんが手がけた音楽をもう一度じっくり聴きたい、という気持ちに何より後押しされていたのだけど、とにかくその音楽も含めて、映画を構成する全ての要素が絶妙に組み合わさって生まれるあの幸福感をもう一度味わいたかったのだ。

その日は朝から少し出かける用事があった。外出ついでに映画館に行きたいけれど、午後は仕事を進めないといけないしな…と迷いながら、念のため昼頃に上映している劇場を調べる。すると、偶然というのは本当にあるもので、仕事の予定がずれて思いがけず時間に余裕ができた。これで心おきなく見に行ける。

ちょうど渋谷HUMAXシネマの上映に間に合いそうな時間に用事が済み、家とは反対方向へ向かう電車に乗った。渋谷は元職場でもあるけど、そう言えば一度も渋谷で映画を見たことはなかったな…などと思いながら駅から劇場へと歩く。

平日の昼間でも客席は思っていたより埋まっていた。いつもなら後方の席を選ぶけど、周りの人となるべく間隔を空けようとすると端のほうの席しか選べない。それならばと、両隣がずらりと空いていて目の前が通路になっているF列中央の座席を選んでみた。

受付の横の売店でミネラルウォーターを買って階段を上がり、1つしかないシアターに足を踏み入れる。レトロな雰囲気のシアターで、椅子がふかふかしていて座り心地がよく、背もたれに身を預けるといい感じに体が沈み込む。少しスクリーンに近すぎたかな、と一瞬思ったけれど、F列より前には誰もおらず、大きなスクリーンだけが視界いっぱいに入るのも悪くないなと思った。

上映が始まると、冒頭のシーンで早くも幸福感がこみ上げてきた。乾きが潤っていくような感覚で、それだけ心がこの世界に触れたがっていたんだと思う。

物語の展開も俳優さんたちがどんな演技をするかも知っている。だけど2回目も最初から最後まで心からその世界を楽しめた。美しい映像、"普通じゃない"ようで本質は普遍的なストーリー、絶妙なセリフ回し、そして素敵な音楽。

この先いくつ出会えるか分からない、いろんな魔法がうまく溶け合って出来上がったような、本当にいい映画だと改めて思った。見終えた後に、映画っていいなあとこんなにも幸せに包まれながら思える作品はいつ以来だろう。きっとあと何回見ても飽きることなく同じように笑って、同じように幸せな気持ちに包まれると思う。

そして、やっぱり音楽の話をしたい。

香住の心が動いた時、大野が美奈子に森の話をする時、優しいギターの素敵な曲が流れ出すと、そのシーンに魔法がかかる。登場人物の心に寄り添うような、観客と映画の世界を隔てる境界を溶かすような、すべてを包み込む音楽が目に見えない感情や景色の気配を立体的に心の中に浮かび上がらせてくれる。

2回目は1回目よりもさらにじっくり音楽を聴けて、やっぱりまた見に来てよかったなと思った。

映画を見ている時の心地よさが増幅されて、見終えた後の幸せな余韻が長く味わえるのは、素敵な音楽がそっと確実にもたらしている効果なのだと思う。SNSでも映画を見た感想に劇伴の良さを挙げている人をたくさん見かけて、勝手に嬉しくなった。

そんな「まときみ」で唯一心残りだったのが、どの劇場でもパンフレットが完売で買えなかったことだった。でも完売と高額転売を嘆く声がたくさん集まったおかげか、パンフレットの通販が決定して先日無事に注文することができた。(それもすぐに完売して買えなかった人も多いようなので、再販があるといいのだけど…)一度は諦めていたので本当に嬉しくて、来月手元に届くのを今から楽しみにしている。あとはDVD/Blu-rayが発売される日を待つばかりだ。

一人で映画を見に行ったのも、同じ映画を劇場で2回見たのも、パンフレットに一喜一憂したのも、円盤化をこんなに心待ちにしているのも、この作品が初めてだ。劇場公開作品はたとえ気になっていても気づいたら上映が終了していた、ということもざらにあるので、「絶対に見に行きたい!」と思わせてくれた関口さんに感謝するばかりだ。「まときみ」は私にとって今まで見てきた映画の中でもかなり特別な1本になった。

公開からひと月が過ぎる頃には多くの劇場で上映が終了していたけれど、今また全国の一部の劇場(ミニシアター系)では新たに上映が決まったりもしているので、お近くでチャンスがあればぜひ…!

◆「"普通"とは?」を問うテーマ

最初に「まときみ」を見てきた後にこんな感想をツイートしていた。

Twitterで長文の感想を書くのもな…と思い、詳しく書くのはやめてしまったので、ここで少し補足したい。

人間は他者との関係性なしには生きていけない社会的動物だ。それゆえに生まれる"普通"という虚構とも言える概念に、誰もが少なからず煩わされている面があると思う。(便宜的に助けられていることもあるはずだけど)

「私の思う普通はあなたの普通とは違う」と、これまでの人生で何度思っただろう。当たり前だけど、人の数だけ普通がある。そして社会の中で醸成されるなんとも曖昧で強力な"普通"もある。

社会に属している以上、どこかで必ず自分の普通の選択や振る舞いが社会の"普通"の枠に収まっているかどうかを意識したりさせられたりする場面に出くわす。「"普通"とは?」というこの映画のテーマは誰にとっても身近なものだろう。

(以下、ネタバレも含みます。現時点ではこんなふうに解釈している、という個人的な記録として…)

公式サイトによると、劇中で「普通」という言葉は54回も出てくるそうだ。

映画の終盤、世の中の"普通"が分からない大野が、"普通"を選ぼうとする相手に対して「君はそれでいいのか?」と本気で感情をぶつけて行動を促すシーンと、「あなたがそれでいいならいいんです」と穏やかに微笑んで納得する対照的なシーンがある。対照的で、筋が通っていて印象的だった。

香住が「それが"普通"だから」と自分の気持ちをごまかして蔑ろにしているように見えたから、大野は香住の本当の気持ちを想像して宮本への怒りをあらわにする。一方、美奈子が出した答えは一見"普通"の枠に収まろうとするものだけど、彼女が全て分かった上で望んだ答えだったから大野はその選択を尊重して笑顔で別れる。

大切なのは自分の意思で納得して選んでいるかどうかで、心を殺して"普通"に縛られなくていい、という大野の感覚はものすごく"まとも"だった。

最初は香住の態度や表情から感情を読み取れなかった大野が、終盤では香住の言葉の裏にある本当の感情をたぐり寄せて寄り添おうとしている。美奈子の口から宮本のウソの言い訳を聞いた時も、大野は「彼女(香住)はそんなことはしない」と言い切る。そして「(香住のことを)よく知ってるんですね」と少しうらやましそうな美奈子に、「いろんなことを話しましたから」と柔らかい表情で答えるのだ。

"普通"が分からなくても、いろんなことを話した相手のことは徐々に分かるようになる。シンプルだけど、人間関係においてすごく大切なことだ。会話劇であること自体がこの映画の伏線の1つになっていて、それがここで回収されるんだな…なんて思ったりもした。(一緒にいてもよく席を立って美奈子を置いていってしまう宮本の描写が頭をかすめる。宮本は美奈子のことをどれだけ分かっているんだろう…)

ちなみに、美奈子と話している時の大野は最初から自然体で、ある意味とても普通だった(設定的には職業を偽り多少なりとも"演技"をしているけれど)。大野自身も、美奈子と話していると細かい内容が気にならなくて楽しい、と述べている。それはきっと美奈子が"普通"かどうかで何かをジャッジする人ではなく、自分なりの判断基準を持っている人だったから波長が合ったんだろうなぁ。

物語の終わり方も素晴らしかった。森から帰った後の香住は、きっと世間の"普通"との距離感が少しずつ変わっていくだろう。そんな香住と大野のこれからはますます微笑ましいものになりそうで、できることなら続編を見てみたい、と願わずにいられない。君島さんと柳くんと香住の不思議な友情もすごくよかったから、続編があれば3人のやりとりももっと見てみたいと思う。

◆関口シンゴさんの音楽と「まときみ」の共通点

繰り返しになるけれど、私が「まときみ」に出会えたのは劇伴を担当していたのが関口シンゴさんだったからだ。その劇伴の素晴らしさを言葉では伝えきれないので、少しだけ関口さんの曲を紹介して終わりにしたいと思う。

この映画を見ると森へ行きたくなるというか、心が森を求めるような感覚になる人が多いんじゃないかなと思う。そんな森つながりで、去年の夏に開催されたその名も「ライブフォレストフェス」の一幕をどうぞ。気持ちいい森の空気が詰まった素敵なソロギターの演奏です。この「Brightday」は2008年に自主リリースされた「vusik」という作品の収録曲で、ゆったりした空気感が大好きな1曲。

もう1つ、映像と音楽の組み合わせという観点からもおすすめしたいのは、今年の3月に公開されたユニクロの「LifeWear Music」という企画。関口さんの楽曲(8曲30分)が本当に心地いいので、こちらもぜひ聴いてほしいです。企画に寄せられた関口さんのコメントも引用します。

「肩の力が抜ける、けれど退屈しない」というのが自分の音楽のテーマなので、今回の制作は本当に素直に楽しんでやらせていただきました。素敵な映像にフィットするように音数は少なめで、ギターの音を中心にシンプルに構成しています。
30分というのはリフレッシュするのにちょうど良い時間。
聴き終えた時に少しでもリラックスして前向きな気分になってもらえていたら嬉しいです。

関口さんの音楽と「まときみ」の世界観は本当に相性がぴったりだと思う。どちらも「肩の力が抜ける」というのもそうだし、作品の根底に流れている空気感が似ている気がするのだ。優しくて温かくて、ちょっと切なくて愛がある。

こうして久しぶりに映画の空気を思い出しながら書いていたらまた幸せな気持ちになれた。最高の映画なので、機会があればぜひ劇伴に耳を澄ませながら見てみてほしいです。

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