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不登校と関係性

こんにちは!りょーさんです。

今週はとらさんからは、大学生を育てるための大事な視点、ゆこさんからは誕生日について、生まれてきてくれたことを大事な他者がどう語るかについて、大事な視点を綴られていましたね。

対話をしていくための、あるいは自尊心を育てるための「関係性」が前提だという話だと僕は思っています。

今回は、和歌山大学の米澤先生の愛着障害の研究や実践から、全ての子どもたちが必要な愛着(特定の人と結ぶ情緒的な絆)について、不登校の文脈から考えてみます。


●発達に必要な関係性、安全基地・安心基地・探索基地


和歌山大学の米澤先生の講演を聴く機会がありました。
テーマは「愛着障害と発達障害」
講演は、愛着障害が主なテーマでしたが、すべての子供たちの発達や私たち大人にも生きて活動するための大事な視点をいただいたので考察をしながら不登校のお話に繋げたいと思います。

僕たちは活動し成長ていくために人との絆(関係性)が必要不可欠です。
そしてその絆には、三つの機能がある。

①安全基地
ネガティブな感情を受け止めてくれる人。
②安心基地
ポジティブな感情を生み出してくれる人
③探索基地
その人から離れて活動しても戻って来れて、その探索活動を共有できる人

米澤先生が提示する機能はこの三つでした。
この三つを満たす重要な他者との関係が愛着障害のある子供はもちろん、すべての子供の発達に必要ってことでした。
すごく興味深いなーって思いなが聞きました。ここから僕の考察に入ります。

「安全基地」という概念を最初に提唱したのは、アメリカの心理学者エインスワースです。発達障害や不登校など関係なく、子育てにおいて一つの大事な観点を与えてくれる重要な概念です。


●活動するために、戻ってくる場が必要


上記の三つの概念、もうちょっと深めてみたいと思っています。

①安全基地
大人も仕事がんばって、家に帰ってきてホッとしたいですよね。
帰って休んで、仕事や学校のこと愚痴ったり、嫌だったことを伝えられる人や場がいるから、「外で多少のことが大丈夫!」って思える。

②安心基地
この人にあったら元気になるなー、嬉しい気持ちになるなーって人がいるとして、僕たちはそういう人とカフェで話したり、仕事仲間と飲みに行ったり、元気をもらったりしています。こういう人や場があるから「またがんばろー」って思える。

③探索基地
生きていく上で、活動は欠かせません。活動するにはチャレンジする気持ちが必要。
でも、チャレンジには勇気がいるし、時には傷ついたり疲弊したりする。
それを「そこに戻れば自分を癒せる、また頑張れる」って確信があるような関係性、それを探索基地とします。
「ほっとするような場があるから、また仕事(学校)頑張れる!」って感じですね。

上記をすべて合わせて、プラットフォームってイメージですね。生きていくための土台。
そして、それは必ずしも親がそれを担わないとならないわけではない。学校の先生や仲間がそうだったり、友達関係や、僕たちのようなフリースクールや放課後デイなどに関わる大人でもいい。親でなければならない訳ではないってことは強調しておきたいと思います。

プラットフォームは日々安心して過ごすための、そしてそこから外に出るための、あるいは外でチャレンジした自分を癒したり、エネルギーを充填したりする基地(人・場)だと考えられます。


●不登校と関係性という基地


不登校になっていてしんどくなっている子は、この三つが、整っていないのではないか?

これが不登校を語る時の難しさだなーって思います。
「不登校の多様さ」の話につながります。
①から③まで、整っていない子もいれば、どれもある程度整っている子もいる。
整った上で学校に行っていないならば、おそらく代替的な活動を見つけられていて、「不登校は問題ない」「学校行かないでOK!」と言えるかもしれません。
整っていなければ、安全の場作りからスタートし、関係性を再構築していくことが求められる、と僕は考えています。

僕がこれまで、「不登校の約束事はあくまで本人が安心して過ごせるため」「大人は約束を反故にしない」「約束に反してやるべきことを足し算しない」「急かさず、本人が待ってもらっていると思える形で待つ」というような話を繰り返してきたのは、この「①安全」「②安心」の関係性を「誰かと」再構築してくためです。

そして、それができて、探索基地としても機能するようになったとしたら、探索活動が可能になる。「そろそろ学校行ってみようかな、、、」っていう感じで。


僕が、不登校支援に限らず、発達支援や子どもの成長促進について関係性が全ての基盤になると考えているのはそのためです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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