星と鳥と風10~ウルトラマン


現在僕は引っ越し作業中で、いらなくなった物を、リサイクルショップで買い取りしてもらっている。
これで2回目なのだが、レコードが一番の荷物で、今回は200枚程を手放した。
前回は500枚程を手放したので合わせて700枚程を売った事になるが、これでもまだ三分の一程だと考えると、自分に(どんだけ音楽好きなんだよ!)と突っ込みたくなる。(レコードはとにかく重いのだ)
200枚を査定するのに2時間ほどかかると言われたので、今続きを書いている。

初っ端から話がズレたが、海での話しだった。

僕は小さな脳みそで必死に陸までどうやって戻るかを考えていた。

右手には大事な宝物のウルトラマン(ゼンマイ式で、お風呂なんかで泳ぐやつ)を握りしめていた。
隣に1組カップルがいて、その人達に

「ここは水深何メートルありますか?」や「サメはいないですか?」などなど、自分の不安を一つでも無くしたくて質問攻めした。
(最悪このお兄さんの背中に乗って、岸まで泳いでもらおう)とも思ったが、気が引けてやめた。
そうこうしていると、カップルもいなくなり、いよいよ僕1人になった。

いや、違う。

【僕にはウルトラマンがいた】


僕はウルトラマンのゼンマイを全開まで回し、勇気を振り絞って海に飛び込んだ。しょっぱい海水が鼻からも口からも入ってきて、泣きそうだったが、一生懸命泳いだ。飛び込んだ時に手放したウルトラマンは、波を上手にかわして、まるで「こっちだよ」と言わんばかりに僕の二メートルほど先を泳いでいたのが僅かに見えた。すると次の瞬間、後ろから来たデカい波に飲まれて僕は海底に引き込まれた。
そこからの記憶はあまり無いんだけど、ウルトラマンがくるりと逆を向いて沖に流されてったのだけは覚えている。(あれは悲しかった)

気付いたら親父に抱き抱えられて、思いっきり飲んだ海水をゴボゴボと吐き出してワンワン泣いていた。

「大丈夫か?」とニヤニヤしながら言う親父はやっぱり 【悪魔】 だった。
一部始終を見ていたSも呑気に「おかえり〜」と言いながら、お姉さんの娘と、砂でトンネル付きのお山を作っているのを見て、こいつも【悪魔】だ と思った。

ワンワン泣いている僕に親父は「助けてやったんだし、そんな泣くなよ」と言っていたが、恐怖で泣いていたんじゃない。大事な宝物の【ウルトラマン】を無くした事にショックを受けていたんだ。

そしてそれから僕らは、遅めの昼食を海の家で食べていた。先に食べ終わったお姉さんは娘を連れてまた海の方に行った。

唐突にSが、「こういうのを浮気って言うんだよね」と言ってきた。

「ブッ!」と飲んでいたビールを吐き出す親父。

先程のウルトラマンの恨みもある僕はSに乗っかって、「そーだ!そーだ!お母さんに言ってやろう!」と言い放った。

2人で「うわきおとこ!うわきおとこ!」と変なコールが始まった。

すると「痛っ!」と、Sの言葉と同時に僕の太モモにも痛みが走った。
テーブルの下で親父が僕らを思いっきりつねっていたのだ。握力80以上あるおやじの手から逃れれるはずも無く、僕らは泣きそうになりながら必死に痛みに耐えていた。

「おいこらクソガキ、母ちゃんや周りに一言でも言ってみろ?このまま足を引きちぎって、包丁で切り刻んで、海に捨ててやるからな」

今考えても、まぁよくそんな事、小学生に言ったものだと呆れるが、本人からするとそれは(教育)だったらしい。(嘘つけ)

見事に恐怖のドン底に陥れられた僕たちは、親父に「分かったか⁉︎返事は⁉︎」と言われて「はい」と言う以外に道はなかった。

帰り際にSが、「おじちゃんってさ、本物の悪魔だね」と言いながら先程捻られた太ももを摩っていたた。
(やはり思うことは一緒なんだな)と思うと同時に僕はSのサイコパスの片鱗も感じつつあった。

この話だけを聞くととんでもない親父だが、後に、この悪魔のような親父に命を救ってもらう事になるとは、小学生の僕らは思いもしなかった。

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