【わたしのジョブ・カード】5,阪神淡路大震災とパーパス
神戸ハーバーランドのお店では、主に「事務」を担当しました。
タイムカード管理や、釣銭や小口現金の管理、パーティーの予約受付や、
制服管理など、色々な業務がありました。
想像以上の激務で、茨木の実家から通うことが難しくなり、
神戸で一人暮らしを始めたのもこの頃。
食事もちゃんと取らなくなり、10kgほどやせてしまいました。
この調子で、ずっと勤務していると別の仕事を探す気力も出ません。
時間もありませんでした。今から考えれば、ここでしっかりと考えて
ちゃんと職探しをすれば、また違った人生を歩んでいたに違いありません。
しかし、主な思いは微塵もなくなりました。
結局、この会社で社員として働きたいと伝えていました。
社員となり、堺にある本社に異動となったのは、社員になって2か月目のこと。
家も、神戸から堺に引っ越したのでありました。
この会社は、焼肉を中心とした外食産業チェーン。
ある年代以上の関西の方なら大体知っている焼肉のお店でした。
本社の営業本部での勤務となり、宴会を取るための営業チームに配属。
顧客データの入力と、告知用のチラシ作成するのが私の主な仕事でしたが、
新店舗のオープンがかなり多く、立ち上げのプロジェクトにもかかわるようになっていきました。
プロジェクトというと、聞こえはいいのですが、要は何でも屋さん。
時には、店の応援にも入っていました。
このバタバタした状態が良かったのか、次第に生活も安定し、悩むこともなくなり、まるで川の流れのように進む毎日になっていきました。
そんな中、阪神淡路大震災が起きました。
寝ていた真横に電子レンジが落ちてきて、もう少しで大怪我をするところでした。慌てて、両親へ電話し無事を確認出来ました。その後、ほとんど電話も繋がらない状態になったことを覚えています。
たまたま、この日は休みの日で一日中テレビを見ていたと思います。
堺の街も、さぞかし被害が出ているだろうと思ったのですが、私が住んでいた地域は、全く被害もありません。マンションの消火器が倒れているぐらいでした。
次の日、出社をすると神戸まで行けと指示がありました。
物流センターが神戸にあり、そこから各店舗へ配送していたのですがそれが可能かどうか調べてこいというのです。
震災当日が金曜日で、出勤日が土曜日でした。
大先輩の方と一緒に車で向かったのですが、なんと1時間もかからずに神戸物流センターに着いたのです。
というのも、規制が全くなく土曜日だったこともあったのでしょう。
動く人が少なかったのもあったと思います。
ところが景色は、全く変わっていました。
阪神高速が横倒しになった真横を通りました。
電柱が全て倒れていた所もありました。
ビルが倒壊している現場も見ました。
物流センターの周りは、液状化現象でドロドロになっており、
所々でマンホールが飛び出ていました。
物流センター自体も被害があり、建物が割れており
建物の中から、空が見える有様。
物流センターの向かいが、長田区というところでしたが、
燃え盛る街の火を目の当たりにしたのでした。
私の大切な、そして大好きな街神戸が壊れていました。
翌日の日曜日もスイスイと行けたのですが、月曜日になると状況が一変します。
規制が始まり、大渋滞が起きるようになったのです。
大災害が来ても、通常の経済活動をしようとする動きが止まらず一気に大混乱が起きました。
わが社は、本社こそ堺でしたが物流センターが神戸であり、つまり心臓部。
被害を受けたとはいえ、全店舗営業のために止めるわけにはいきません。
緊急体制が引かれます。
・全店から、料理長を物流センターに集める
・船をチャーターし、神戸から堺へ加工食材を運び、堺から神戸へ水を運ぶ
・堺から各店舗へ食材を供給する
こんなことをやったと思います。
神戸地区の店は、オープンすらできない状態が続きましたが、その他の店は
どうにか営業することができたのです。
店舗から集められた料理長たちはかわいそうでした。不自由な被災地に送り込まれ、自分たちの店舗を運営するために、馬車馬のように働く。まるで刑務所のようだと感じていました。
この大混乱の中で、私はとても複雑な思いでした。
自分の会社の存続を考える事は必要だと思う。
しかし、本当にそれだけでいいのか?
震災で困っている人たちがたくさんいるのに、自分たちの利益や継続のためだけに
活動していいものか?社会的な存在価値はそれでいいのだろうかと。
下っ端でしたので、こんな意見を経営者に言えるわけもなく悶々と過ごしていました。
やがて、ライバル社が被災者向けに弁当を配りはじめました。
格安での提供だったかも知れませんが、この発想と行動を我が社が最初にして欲しかったのです。
それ事実がわかってから、我が社も同じようなことを真似し始めました。
会社に対して不満というより、大きな疑問が生まれました。
この会社に、社会的存在価値があるのだろうかと。
このような経験から、今でも以下のように思っています。
社会的存在価値が認められない企業は淘汰される。
また、そんな会社は従業員の離職も止めることができない。
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