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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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#恋人

ふたりの孤独

コンビニに行こう、と誘った。 それは、敵意がないという合図だった。 相手がどう思っているかはわからないけれど、この部屋の中にいるわたしは、3分の1くらいの割合で敵意を持っている。剥き出している。 家族がいる暮らしはむいてないなあ。と、これからも思いながら暮らしていくのだと思う。 そんなことを言ったら、人類であることもむいてないとは思う。 生まれた瞬間に泣かなかった、というのが自分らしいエピソードすぎて笑ってしまう。 多くの人ができることを、生まれた瞬間からできなかった。 そ

クッキーちょうだい

すごく不思議と、 でもかなり日常的に、 「言ってはいけない」と思うことが、たくさんある。 のだと思う。 例えば、 わたしは同居人に「片付けて」って言えない。 言ったら気を使わせて、この家で居心地悪くなったら、それがいちばん悪いなあ。 と、勝手に思っている。 そんな話を友達にしたら、 「恋人と別れるときにね、”後学のために嫌だったことを言い合おう”ってしたときに  ”蛇口キツく締めすぎ”って言われた」 ていう話は、今でもじんわりときてしまう。 わかるなあ。 そういうことを

良い旅を

雑踏の中、わたしを追い越した足に目を奪われた。 ニューバランスだった。 色違いで、おそろいのニューバランスが、歩いてゆく。 * 恋人とおそろいや、色違いの装備をする。 ということを、わたしも昔やったことがある。 それは、「おそろいがいい」と思ってそうしたというよりは 「ソレかっこいいね!」と言ったら、「じゃあ買おうか」という流れだった。 コンバースのジャックパーセル、 レッドウィングのアイリッシュセッター、 クラークスもそうだったし、ナノユニバースでカバンも買っても

たくさん食べて、よく笑おう

まあいいや、と思い始めていた。 そして、本当に辞めてしまった。 ダイエット 痩せたいって、多くの人が思っていると思う。 太っちゃった、てよく思う。 20代の頃は、数日食事を抜けば体重が落ちたりしたけれど 30代は甘くない。 もともと筋肉なんか微塵もない身体は、エネルギーをちっとも燃やしてくれない。 それなのに、おなかは空く。 食べすぎてはいけないとか、 おやつはやめようとか、 夜中に食べるのはやめようとか ストレッチを頑張ろう、とか たくさん思ったけれど。 最近は

たいせつ / くちぐせ

「豚汁、最後まで美味しく食べてくれてありがとう」 そう言われてわたしは、「こちらこそ」と言って頷いた。 こちらこそ、いつもごはんありがとう。 最後となった1食分は、お椀に移されて冷蔵庫に移住していた。 「レンチンして食べていいからね」と言われたそれを、わたしは好きなときに引っ張り出す。 夜中、ちょっとおなかが空いたときに食べるなら豚汁だ、とわたしはなぜだか信じている。 冬の、あたたかさは美しい。 「あたたかい」という感情は、冬独特のもので 夏は「暑い」とか「熱い」に変

おうちのあいさつ

「こんにちは〜」 わたしは家の中でも、挨拶をする。 おはよう おやすみ ただいま おかえり は、ふたり暮らしなので、同居人が家にいるときには、当たり前のように言っている。 最近は「それ以外の挨拶」も、積極的に取り入れてみることにした。 こんにちは こんばんは 部屋にこもって作業をするときには「じゃあね〜」と声をかけてみたり、 ちょっとうれしいことがあると、ピースしてみたり 「よかったね!」と思えば、親指をグッと立てる。 同居人は律儀な人なので、ぜんぶきちんと返してく

あなたと食べる、サワークリームオニオン

むかしより、お菓子を食べなくなった。と思う ぜんぜん食べなくなったわけじゃないけど、昔の無尽蔵さ… ラーメンを食べに行ったあと、「なんか物足りないね」と言って、牛丼を食べてしまうようなパワーは、もうなくなってしまった。 (なくなってよかった、と心底思っている) だから、お菓子を買うときは好きなもの。 日常では、チョコレートとグミを少しずつ。 ご褒美は、シュークリームとプリン、たまにクッキー。 スナック菓子は、魔物だと思っているので買わないようにしている。 だいたい、量が

ふたりの夜

その夜わたしは、ひとりで部屋にいた。 昼間出掛けて帰ってきて、 入れ違いで、同居人が外に出たところだった。 ひとりで過ごせる時間は、2時間。 日中歩き疲れていた、そのまま眠りたい。 ソファーはいつでも、わたしを呼んでいる。 それでも「2時間」と決まっていることが、わたしを勇ましくさせる。 やっぱり、制限時間があるとやる気が出やすい気がする。 ひとりのうちに、部屋を掃除したい。 同居人がいるときにでも、わたしは気を使わずがんがん掃除をするし、同居人は申し訳なさそうな顔

ごはんのために、書いている日がある

「ごはん、いつ食べる?」 同居人は律儀な人なので、いつもそう尋ねてくれる。 わたしたちの暮らしはルーズで、寝る時間も起きる時間も、ごはんを食べる時間も決まっていない。 気ままな、大学生のひとり暮らしの人間が、ふたりでこの部屋で暮らしているようだった。 眠くなったら眠って、おなかが空いたら食べる… もはや、大学生というよりも、原始人みたいだ。 同居人は、律儀に晩ごはんを作る。 別に頼んでいないのだけれど、用事がない日はだいたいキッチンに立っている。 ごはんを食べる時間は難

ささいな散歩

「スーパーに行くけど、何か要るものある?」 同居人は、いつも律儀にそう尋ねてくれる。 だいたい要るものはないのだけれど、今日は「一緒に行く」と答えた。 どうぶつの森も、一段落したところだった。 欲しいものなんて何もなかったけど、生活用品のコーナーも覗くことにした。 ティッシュとか石鹸とか、生活用品の買い出しの担当は、わたしだ。 ふらふら〜っと歩いて、必要なものを探す。 ボディーソープの詰替をしたところなので、新しいものを手に取る。 「トイレットペーパーも買う?」と尋ねられ

勝手なしあわせ

「そろそろ食べちゃったほうがいいから、漬けちゃうね」 わたしはぼやぼやと、キッチンに立っている。 眠いけど、記事を書きたい。 なんとか目覚めようと、煙草に火をつける。 うまく言葉が出ないので「そう」とか、「ああ」とか「うん」しか言えない。 同居人は楽しそうに、魚を切っている。 確かあれは、何日か前に買ってきて、冷蔵庫で”熟成”させると言っていたやつだ。 わたしは、熟成の意味も、あんまりわかっていない。 同居人は、「ああ、いい感じだね」と、 熟成されて身が締まった魚を、う

ご褒美じゃないドーナツ

長くなってしまった昼寝から、目覚める。 えいっと毛布を蹴って、転がっているスマートフォンを持って、部屋を出る。 とりあえず辺りを見回して、目を覚ます。 キッチンにある机の上を見ると、ドーナツが置いてあった。 わたしが眠っているあいだに、同居人がスーパーに行ったようだった。 冷蔵庫を開けてみたら、プラスチックの容器に入ったプリンも置かれている。 ドーナツには、半額のシールが貼ってあった。 昼間にスーパーに行ったときには、わたしも同行していたのでいくつかのおやつを買ってもら

おとなになる、ということ。

あ、と思ったときには、もう遅かった。 こぼした、と思った。 袋の底に残るコーヒー豆(挽かれたやつ)を、計量スプーンに移しているときのことだった。 気づいたときには、足の上に砂のような感触が乗っていた。 * 何かをこぼすと、悲しかった。 おおげさだけど、まるで世界の終わり、みたいな気持ちになっていた。 本当に、おおげさだと思う。 でも、「やってしまった」という罪悪感 それも、”また”と思う。 気をつければよかったのに。 少しだけ、丁寧にやればよかったのに。 なんでか、やっ

毎朝のコーヒー

「あ、コーヒーがある」 寝ぼけまなこで、君が言うのが好きだった。 コーヒーをペーパードリップするのは、わたしの役目だ。 5〜6杯用のサーバーに、たっぷり落とす。 サーバーがからになると、またコーヒーを淹れる。 使い終わったドリッパーが洗ってあるし、 さっきお湯を沸かしていたから(大きな音の鳴る、笛吹ケトルを使っている) コーヒーを淹れたことには、気づいているかもしれない。 そんな、「やはりあるな」という声のときもあるし、 冷蔵庫にコーヒーがあることに、ほんとうに驚いて