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良い旅を

雑踏の中、わたしを追い越した足に目を奪われた。

ニューバランスだった。
色違いで、おそろいのニューバランスが、歩いてゆく。

恋人とおそろいや、色違いの装備をする。
ということを、わたしも昔やったことがある。

それは、「おそろいがいい」と思ってそうしたというよりは
「ソレかっこいいね!」と言ったら、「じゃあ買おうか」という流れだった。

コンバースのジャックパーセル、
レッドウィングのアイリッシュセッター、
クラークスもそうだったし、ナノユニバースでカバンも買ってもらった。

幸福だった。
いま挙げたすべては、恋人に教えてもらうまで知らないモノたちで
新しいものを身に纏うと、自分がアップデートされたような気持ちになった。

でも、ほんとうは知っている。
彼は、「自分の好きなもの」をわたしに与え、身につけさせたかったということを。
わたしの着ていた、いちご柄のワンピースや、猫柄のTシャツが好きじゃなかったということを。

いまならわかる。
わたしは、若紫だった。

でも、幸福だった。たしかに

色違いのニューバランスに、
デニムのジャケットが、さっそうと駆け抜けてゆく。
土曜日の、太陽が眩しい朝。
それは、どうしたって幸福そうに見える。

わたしはそれを、見つめる。

羨ましい、とか
懐かしい、とか
憎らしい、とか
生まれてきそうな感情はいくつもあったのに、
わたしが抱えたのは、たったひとつだった。

“すてきだね”

それはもう、わたし自身は別の世界を歩いていることを意味している。

もう、おそろいのスニーカーを履けないことや、履かないことを、寂しくも懐かしくも思わない。
そうなりたい、とも思わない。
思い出に、胸を焼かれたりもしない。

ただ、確かに幸福だった。
あなたとおそろいのスニーカーを履いていたその瞬間の感情は、
消え去ってしまっても、偽りはなかった。
だからきっと、目の前のスニーカーも、幸福な時間に向かって蹴り出しているのだと確信した。
そうあって欲しい、と勝手に願った。

すてきだね、良い旅を

ほんの少しだけ祈って、ふたつのスニーカーを見送った。





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