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勝手なしあわせ

「そろそろ食べちゃったほうがいいから、漬けちゃうね」

わたしはぼやぼやと、キッチンに立っている。
眠いけど、記事を書きたい。
なんとか目覚めようと、煙草に火をつける。
うまく言葉が出ないので「そう」とか、「ああ」とか「うん」しか言えない。

同居人は楽しそうに、魚を切っている。
確かあれは、何日か前に買ってきて、冷蔵庫で”熟成”させると言っていたやつだ。
わたしは、熟成の意味も、あんまりわかっていない。

同居人は、「ああ、いい感じだね」と、
熟成されて身が締まった魚を、うれしそうに見つめていた。

「いろいろ安かったから、たくさん買ってきちゃった」と言う。
食費は同居人の管理下だし、好きにやってくれて構わない。
安いので買っちゃった、は同居人の好きなセリフランキングの上位だ。
「冷蔵庫がパンパンになっちゃったよ」と困ったような顔をして言う。

困ってないくせに。
「そういうの、好きじゃん」と、わたしは言った。
冷蔵庫とか冷凍庫が満たされていて、いつでもごはんを用意できるような感じになっていること。
なんでも作れるよ、と言うこと。

「そうなんだよ」と言った同居人は、しあわせそうに笑っていた。

わたしは
冷凍庫にはアイスが入ればいいし、
冷蔵庫にはコーヒーと牛乳を入れられれば、それでよかった。

冷蔵庫が満たされていること、はわたしにとってはなんの幸福ではないけれど、同居人がしあわせそうでなによりだ、と思う。
この男は買い物をして、安い食材を買って、わたしや友達にごはんを与えて、なんだかしあわせそうに暮らしている。

勝手にしあわせになっている
なんだか投げやりな言葉みたいに聞こえるけど、わたしはそれを、すごくすてきなことだと思っている。

わたしの幸福は、家事の中にある。
家中を掃除して、干された洗濯物を見て、換気をして、ぴかぴかな部屋を見て、うっとりと安堵する。
わたしもまた、勝手にしあわせになっている。

勝手にしあわせになる、ということの尊さを、感じている。
あなたのためのコーヒーを淹れて
わたしのためだけのハーブティーを淹れて
新しいネイルを塗って
お気に入りのアロマを炊いて
わたしはなんだか、勝手にしあわせになって、少しずつ満たされてゆく。

今日は、弟が来ているので、一緒にごはんを食べる。
みんなで食べるごはんは美味しくて、今度は三人でしあわせになる。

わたしと弟は満腹になるし、
同居人は少なくなったフライパンの中身を見て、ニヤついて
そういうのもまた、しあわせと呼ぶんだと思う。

そうやって、安易にしあわせになっていきたい。
暮らしの中で、”趣味”なんて呼べる、たいそうなものじゃなくたっていい。

勝手に満たされて、しあわせになって
自分に甘く、誰かにやさしくあれたらいい、と
あなたの前では、できるだけにこにこできるような
そんな、しあわせなわたしで、いたいと思っている。




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