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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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#夜

#眠れない夜に

 眠れない夜がある。  それは、昼寝のしすぎかもしれないし、はしゃぎすぎて眠る体力も失ってしまったからかもしれないし、嫌なことばかり考えて眠りから遠ざかっているのもあるかもしれなくて  わたしはわたしのことを、よく知らない。  眠りたい気持ちの反対側に、身体はしずしずと流れてゆく。  眠ることを、時折諦める。 「目をつむっているだけでも、体力は回復するからね」  むかし、好きなひとがそう言っていた。  もう会えないから、嫌いにもなれないひと。  オレンジの灯りの部屋で

健やかさの中心

ときどき、 どれだけ食べても、おなかがいっぱいにならない夜がある。 それほど空腹感を感じない晩ごはんを、一度食べて 食べ終わったそのときに、胃袋に何もいないような、食べる前と何も変わっていないような錯覚を 何度も、繰り返す。 少しずつ、少しずつ食べて、いつか満たされることを願うのに そのときは、訪れない。 食べ過ぎることと、寝過ぎることを、悪く思う自分がいる。 そりゃあ、痩せていたほうが気分が良いことも学んだし、 少ない食事でたくさん動けたほうがコスパもいいし、 そんなふ

「から揚げ、食べる?」

その日、冷蔵庫には山盛りのから揚げが入っていて それはまるで来客を予期したかのように、ひとりでは到底食べきれない量だった。 「から揚げ、食べる?」 別に、お腹がいっぱいだったら、無理をしなくていい。 食べたくない気分というならば、それでもいい。 そういうときは、「いまは平気」って言ってくれれば大丈夫。 でももし、「から揚げ」 その言葉に、少しでも胸が躍る気持ちがあって 少しでも、お腹に隙間があって あるいは、隙間があるような気がして 食べちゃおうかなあ。と思ったら。

なにもしたくない夜

すべてを手放してしまえそうな なにもしたくない夜は 毛布の ふわふわしたところを撫でて 余計なことの中の、できるだけ暗くない部分を引っ張って 起き上がる気力があるならば、お水を少しだけ飲んで また、ふわふわの毛布を撫でるのを 飽きるまで繰り返してゆく

夜に抱かれて

ああ、と思って立ち上がる。 それは、なかなかの勇気だった。 夜、眠ろうと思ってベッドに潜り込む。 ごろごろと温めた居城で、ようやく眠ろうと消灯ボタンを押す。 立ち上がるのは、いつものそのときだ。 電気は点けない。 そのまま飛び降りて、窓へ 手を伸ばして掴む。 そうして、カーテンを開ける。 ある人は、「少し」と ある人は、「不必要に」と いうくらい、自分の中では「結構しっかりと」開ける。 すうっと、部屋が明るくなる。 明滅する信号と、眠らないコンビニの灯りに抱かれて、

むくむくと、もくもくのとなりで

春霞、という言葉を覚えた。 春の空は、煙っている。 ついこのあいだまで夜空を照らしていたオリオンも、シリウスも西の空に沈んで見えない。 沈んでいるかも、うまく確認ができない。 春はさわやかで、ときおりけだるく 気温はそれぞれなのに 不思議とずっと、空は煙って、星は見えなかった。 * ある日、星が見えた。 諦めたような癖で見上げた、そのときだった。 * 冬の星座たちが沈んだということは、春の星座が昇ってきている。 春の大三角、 北斗七星を孕む春の大曲線 しし座のレグ

ふたりの孤独

コンビニに行こう、と誘った。 それは、敵意がないという合図だった。 相手がどう思っているかはわからないけれど、この部屋の中にいるわたしは、3分の1くらいの割合で敵意を持っている。剥き出している。 家族がいる暮らしはむいてないなあ。と、これからも思いながら暮らしていくのだと思う。 そんなことを言ったら、人類であることもむいてないとは思う。 生まれた瞬間に泣かなかった、というのが自分らしいエピソードすぎて笑ってしまう。 多くの人ができることを、生まれた瞬間からできなかった。 そ

あたたかな夜

「最近、ついに寒さを感じるようになった」と、彼女はまじめな顔で言った。 寒い地方の出身で、異様なまでに寒さに強く、年中ずっと裸足だった。 「君もついに、だね」と、わたしは笑った。 * 年々、寒さを感じるようになったというのか、冬が厳しくなったのか、わたしにはわからない。 彼女に宛てて「ついに」と言ったように、わたしはその転機を数年前からじわじわと受け入れていた。 「寒けりゃ寝ればいい」という、パワープレイを押し切れる大学生の頃とは少し違う日々を過ごしているからかもしれ

深夜2時の宇宙船

昼寝が好きだ、と思う。 昼じゃなくても 電気を消さないような、ああ少し眠っちゃおうかな、という怠惰なやつ。 目覚めはいつも悪くて、のそりと起き上がる。 すっかり遅い時間になっちゃった。 深夜を、わたしは愛している。 * やることをなにもやっていないなあ、と思うことに絶望することもある。 うまいこと絶望がどこかに旅立って、何もしない日もある。 お風呂だけ、エッセイだけ、洗い物だけ、ピアノだけ ほんとうにひとつだけ片付ける日もあれば、 ひとつに手を付けると、次に進めるときも

4時26分

4時に家を出た。 * その晩、唇を噛みながらパソコンの前に座っていた。 書こう、と思った内容を、望む温度で書ききることができなかった。 こういう夜はたまにあるけれど数は少なく、訪れるとぐんと疲れる。 それでも、今日中に1本は書きたいから、と思って別の話題を引きずり出したところで、部屋の電気が消えた。 エアコンふたつと電子レンジによる停電。 パソンの再起動を乗り越え、部屋の中をぐるぐると周り、ようやく最後の一文にたどり着いたところで、部屋をノックされた。 わたしの意識は再

ときどき、夜の散歩

夜、わたしはベンチに座っている。 ときどき、夜の散歩に行く。 終電で帰ってくる人を、迎えに行く。 ほんとうは迎えなんて要らないのだけれど いいじゃないか、「お迎え」という言葉が。 するほうも、されるほうも。 わたしは外に出るのがあんまり得意じゃないけれど、 「お迎え」は魔法の言葉だ。 時間制限があるのが、いいのかもしれない。 するっとコートを羽織って、鍵とスマホだけポケットに突っ込んで マフラーをぐるぐると巻きつける。 良い季節だ。 帰り道、空がぽっかりと開くあの小道

夜、記憶の中の君

眠れない夜、というのは必ず訪れます。 具合の良し悪しも 心のすこやかさも 関係あるときもあれば、無関係な瞬間にも 不安なときにも、楽しみに溢れるときにも おとなにもこどもにも 等しくなくても必ず、訪れるものです。 眠らなくては、と思うことを なぜだか最近やめました。 ほんとうに、なぜだか不思議に思うのです。 わたしが思い出しているのは、 もう、十余年も前の出来事なのですから。 * そのときわたしは、彼とふたりきりだったのか、 さんにんだったか、覚えていません。 たぶ

いちごミルクの夜

「あっ」と声には出さず、心臓だけがざわっと動いた。 ああ、お湯も沸かして準備万端だったのに。 今晩はどうしても、ミルクティーのきぶんだったのに… チョコレートフレーバーの、ティーバッグは残りひとつ。 ひとつじゃだめなの。 わたしはいまから、お気に入りのティーサーバーにたっぷりとお茶を淹れるの。 少し飲んで、残りは冷蔵庫に。 それから継ぎ足すように飲み続けることも、朝の分のお茶があることも、用意された幸福の物語だった。 だから、ティーバッグはふたつ必要だったのに。 どうし

不確かな夜

ひとの形を、うまく保てない。 そんな夜は、かならず訪れる。 何度遠ざけても、かならず 慣れ親しんだ友のように肩を叩かれて、気づいた頃には背中から抱きしめられている。わたしは、動けない。 くらやみにぎゅっと呑まれて、形をなくしてゆくようだった。 眠ってしまうのもよい。 眠れるならば、それがいちばんよいのだと思う。 でも、眠りからも遠ざかってしまう夜には 当たり前のことを、少しずつするようにしている。 かんぺきじゃなくていい、半分だけ部屋の掃除をしてみる。 少しでもいいから、