夜に抱かれて
ああ、と思って立ち上がる。
それは、なかなかの勇気だった。
夜、眠ろうと思ってベッドに潜り込む。
ごろごろと温めた居城で、ようやく眠ろうと消灯ボタンを押す。
立ち上がるのは、いつものそのときだ。
電気は点けない。
そのまま飛び降りて、窓へ
手を伸ばして掴む。
そうして、カーテンを開ける。
ある人は、「少し」と
ある人は、「不必要に」と
いうくらい、自分の中では「結構しっかりと」開ける。
すうっと、部屋が明るくなる。
明滅する信号と、眠らないコンビニの灯りに抱かれて、眠る。
*
「前の家は、大通りの近くで結構うるさくってさ」
友達はそう言った。
そして驚いた。
「うるさい」というのが、居住のマイナス点になる人がいるのだ、と。
うるさいのは好きだった。
そりゃあ、毎日工事の音がするとか、アパートの大規模修繕に当たっちゃったとか、そういうのは嫌だけれど。
車や、電車の音は安心する。
夜でも、そう思う。
わたしたちが選ばなかったのは、小道をうんと入って、暗がりにある静かな一軒家で
いま住んでいるのは、車がびゅんと飛び交う通りのすぐそば。
いつでも、車の音がする。
わたしは、安心する。
自分が、世の中の一部にきちんとなれているような
どこかと繋がっているような
現実世界を生きているという実感が
もしかしたら音そのものが
わたしにとってはすべて、波のようなものなのかもしれない。
*
夜にカーテンを開けるのは、朝のためじゃない。
もちろん、それもあるのだけれど
安物のレースカーテンからは、信号とコンビニが見える。
それを確認してから、眠る。
目が悪いから、本当は何も見えていないけれど。
まるで、儀式みたいに。
そうして、今日も無事に終わった、と思う。
わたしとして、人間として、世界として
無事に過ごせたことを、じんわりと労りながら。
今日も深く、夜に抱かれることで
なんとか明日の裾を、捕まえている。
※now plyaing
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